第三章 訪問者

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「昔話の前に、この人たちに宇宙を見せてあげないと」
 シャーレンは、セレスタイトに向かってそれを打診するかのように言った。セレスタイトは、聖地に召されて自分もまず“宇宙”を識る所から始めた事を思い出し、溜息をひとつ付いた。
「大丈夫さ。貴方だってすぐに理解したじゃない?」
 クスッとシャーレンが笑う。
「すぐに……というわけには行かなかった。この地の外の事など深く考えたこともなかったのだから。たいそう驚いてしまったよ」
「この地の外のこと? それは空の彼方のことですか?」
 探求心旺盛なルヴァの声が上擦っている。
「聖地を中心にして全てものが存在すると長く信じられてきましたが、実はダダス大学に身を置くような私たちの間では、それはどうも違うのではないかと長年、論じられてきました。私は分野外ですが、やはりそれでは辻褄の合わないこ とが多くあると思っています」
「そうだよ。ルヴァ。私もずっとそのように信じてきたのだけど違うのだ。空の彼方にあるもの全てを大宇宙と呼ぶ。その中にも幾つかの宇宙があり、聖地はそのひとつの宇宙の中心に過ぎないのだよ。とは言っても それは実際に中心にあるという意味ではない。聖地の周りを星々が回っているのとは違うのだ。本当のところはどうなのか、これから見て貰おう」
 セレスタイトが、ノクロワとシャーレンに合図する。
「過去の記録だけでなくそんなものも見せられるんだな」
「便利な人だねぇ。またさっきみたいに心にサーッっと入ってくるのかな?」
 オスカーとオリヴィエが囁きあう。
「コホン。そこの二人、ブツブツ言ってないで。ええっと、オスカー、君は特に感受性なさそうだから特にちゃんと受け止めてよ」
「し、失敬なっ」
「オスカー、仕方ないよ、確かにこういう事ってアンタ、苦手そうだもの。とにかく見せて貰おうじゃないの、その宇宙ってヤツを」
 オリヴィエがオスカーを宥めると、シャーレンが肩を竦めた。
「一度に皆に同じものを見せるから、僕だけの力では無理なんだ。ノクロワの手を借りるからね。それからさっきより少しだけ時間を掛けるよ。音楽一曲分くらいにはね」
「シャーレンの送り込む情報を受け止める為に、心を空にすることは難しいが、闇のサクリアは、五感のすべてを開放させる力を持つ。私の力によって空に近い状態になれる……ということだ。案ずることなく目を閉じていよ」
 座している者たちは、ノクロワに言われるまま瞳を閉じた。窓の外の明るさが瞼の裏に残像となっている。遠くで鳴く鳥のさえずりが一層はっきりと聞こえたかと思うと、急に静かになった。 瞳の奥も闇になった。
 シャーレンは「さて」と短く言った後、目を閉じる。彼の中には、『宇宙』のカテゴリーに属する情報が膨大にある。ただ単に空間に浮かぶ惑星の画像もあれば、量子力学や素粒子に関わる事項までそれこそ星の数ほどに。シャーレンは、宇宙船に初めて乗った幼い子どもが窓の外から見る宇宙を心に思い浮かべた。それでもジュリアスたちにとっては十分すぎるほど衝撃的な画像だった。太陽の中心に楕円軌道を描きながら周回する惑星の映像は 、聖地の科学力によってリアルに作られたものだ。だが、そのようにしていくつかの惑星が“ひとつの太陽系”として存在し、それらが幾つも集まって“ひとつの銀河系”となり、 それら銀河系全てを包括する小宇宙へと繋がる……。途方もない彼方にまで宇宙の記録は拡がっていく。シャーレンは、ただ単に事実や記録としてのそれを伝えるだけでなく願いを込めて 、ジュリアスたちの心にそれを送り込む。
“これが貴方の住む世界なのだ、どうか心から受け入れて"と。

 祈りを捧げるようにシャーレンが瞳を閉じて、皆に宇宙を見せている間、セレスタイトは窓辺へと移動し外の風景を見ていた。ここは、その身に聖地よりの力のある者以外は入れぬと幼い頃から言い聞かされていた場所だった。自分には決して入れぬ場所だと思っていた塔に、外部からこういう形で入ることになろうとは……と感慨深いものがあった。
「懐かしいのか?」
 ふとセレスタイトの後で声がした。ノクロワだった。
「私にとっては、この地を離れたことはそれほど昔のことではないのだけれども、な」
「光の守護聖であることを、あまり意識するな。お前はお前なのだから。少しは弟と視線を合わせてやれ」
 ノクロワにそう言われてセレスタイトは苦虫を噛みつぶしたような顔した後、小さく笑った。
「お見通しなのだな。けれども今は使命を優先したい。クラヴィスにとってもその方が大事だ」
「ふん、まあな。ところで彼らは大したものだな。サクリアの欠片を持つ者たち……と私たちは言うが、ずいぶんと大きな欠片だ。特にジュリアスとクラヴィスはな。待っていただけのことはある。クラヴィスの側にいたお前が、光の守護聖として覚醒するわけだ」
「……」
 セレスタイトは言葉を返さずただ頷いた。元々、光の守護聖となる者は、生まれ持っての資質に因る所が多い。比較的若いうちに聖地へと召される者がほとんどの中で、二十五歳になってそのサクリアを継いだセレスタイトは異例だった。それは聖地の統べる宇宙自体 が衰退末期にあるなど様々な要因によるものだった。さらには光のサクリアと引き合う闇のサクリアを強く宿す者、すなわちクラヴィスの存在が大きかったのだろう……とセレスタイトは女王からそう聞かされていた。
「ねえ、宇宙を見せるのはもういいかなあ?」
 シャーレンが首だけを後に向けてそう言った。
「ちょっとサービスして、今は、綺麗な星雲ばかりを見せてるんだ。皆、うっとりして気持良くなっちゃってるみたいだよ」
 シャーレンは悪戯っぽく笑い、「少なくとも彼らには自分たちの世界がとても小さいものだと理解はしただろう。尊いものだとも……ね」と付け加えた。
「セレスタイト、いいだろう? お前の言う通り、それなりに順序を踏まえたぞ?」
 ノクロワが、首座の守護聖の指示を仰ぐ。年齢はさほど変わらぬものの、聖地での最古参である彼にそう言われたセレスタイトは、「ありがとう。彼らも心の準備は出来たと思う」と言って自分を立ててくれたノクロワとシャーレンに頭を下げた。
「どういたしまして。じゃあ、フェードアウトするよー」
「お前のその軽さはなんとかならぬのか?」
 ノクロワが笑う。
「だが確かにフェードアウト、という感じではあったな。宇宙空間に瞬く星々のひとつひとつが消えて、現実に引き戻される様は」
 セレスタイトは自分が“見せられた”時の事を思い出す。
「ほら、ごらん。僕は的確に表現しているだけなんだよ」
「わかった、わかった。さっさと連中の目を覚まさせろ。私はとっくにサクリアの放出を止めているぞ」
「判ってるよ。もうすぐさ。彼らには僕らの声がもう聞こえているはず……。さあ、旅立ちの支度は整ったよ、目を開けて」
 シャーレンの明るい声が石造りの塔内に響く。
 旅立ちの支度……。
 その言葉にセレスタイトは、改めてクラヴィスたちを見る。
“宇宙の概念を把握したことは、彼らをどんな風に変えるのだろう……。これからの旅立ち……、普通ならばその身を以ては、識ることの出来ない過去の出来事を彼らはどう受け止めるのだろう……。自分がそうであったように、彼らの意識にも大きく影響するはずだが……”
 セレスタイトが考え込む様を見て、ノクロワがその肩にそっと手を置く。
「案ずる事など何もない。たとえ欠片といえどサクリアをその身に宿すほどの者たちなのだ。強く、そして美しい心の持ち主たちばかりなのだからな。お前がそうであったように、彼らの【意識の旅】も意義あるものになろう」
 力強い言葉だった。その時、ジュリアスの目が見開かれた。ノクロワの言葉を裏付けるように、その青い目は 深い思慮を湛えながら、次に起こりうる事に挑むような鋭さで、セレスタイトを見つめていた。

 

第三章 了
第四章へ続く   

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