第四章 遺 志

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  飛空都市サファーシスの歴史……。
 セレスタイトはそれを知らされた時、自分たちの住む地がそのような名前で呼ばれていることにすら違和感があった。恐らくジュリアスやクラヴィスたちも同じ思いをするだろうことは安易に予測できた。

「では、語ろう。そなたたちの時代より遙か昔、聖地にとっても何代も前の女王陛下の御代。次代を継ぐ女王の候補が、二人挙がり試験が行われた。ある小さな惑星を元にして造られた場所で試験は行われた。頃合いの地形をしていたからそこが選ばれた。東西にほぼ同等の地形と広さを有する大陸があって、その間に海峡がある理想的な形だった。聖地は、その海峡の一部に手を加え、中の島を造り、特別の障壁と回廊とで聖地と結び 、飛空都市サファーシスを造ったのだ。それぞれの大陸を女王候補に育成させてどちらがより資質があるか試そうというのが女王試験の主旨だ。育成とは守護聖の持つ力であるサクリアを操作し、進化の途中だった 星の、まだ未開の土地に文明を造り上げること……と理解すると判りやすい。東の大陸はルクゥアン、西の大陸はサファーシスと名付けられた。それがここ、お前たちの住む世界にある二つの大陸の名前だった」
 セレスタイトがそうだったように、ジュリアスたちも、自分の故郷がそのようにして作られたものだと言われて動揺を隠せないでいた。だが誰も冷静に前方を見据えたままだ。
「東と西の間には大山脈があって、そんな海峡や中の島はないですが?」
 そう呟いたのはルヴァだ。セレスタイトは頷く。同じ質問を自分もノクロワたちにしたのだ。
「遙か昔はあった……、そういうことだな?」
 セレスタイトが答えるまでもなくジュリアスがそう言った。
「その通りだ。育成の初期段階に於いて西と東の相違は、地形や天候などから来るもの以外はなかった」
「記録によると、東に濃い髪の者が多くて、西には金や銀の髪の者が多かった……」
 何気なく言ったシャーレンの言葉に、ジュリアスたちは深く頷く。東の地であれほどに崇められていた金髪碧眼も西の地では、対して珍しいものではなかった。 髪や目の色の差異の根源はそういうことだったか、と。
「女王試験の結果、サファーシスを育成していた候補が女王となり、ルクゥアンを育成していた候補は補佐官となった。西のサファーシスに比べ、東のルクゥアンは、ある時期から育成があまり進まなかった。その差異は大きく、飛空都市そのものの名前も 、サファーシスと統括されて呼ばれることとなったのだ」
 何故そんなに差が生じたのだろう……と誰もがそう疑問に思っている。セレスタイトは、誰かが問いかけるのを待たずその説明を続けた。
「育成の差は、候補の力量の差の範囲だと思われたのだが、実はそうではなかった。故意に操作が為された結果だったのだ。東を育成していた候補が守護聖に恋をし、後々の事を考え、女王よりも補佐官になった方が得策と考えての事だった」
「恋……だと?」
 そう呟いたジュリアスの険しい顔に、シャーレンが思わず吹き出す。何が可笑しいのだと彼を睨みつけたジュリアスに、またシャーレンは笑う。
「ごめん、ごめん。このセレスタイトに話した時と同じ反応だと思って。つい。やっぱり光組さんたちはよく似てる」
「シャーレンを悪く思わないでやってくれ。以前にこの話を聞いた時、女王となるべき資質を持つ者なら、その責務を思えば自分の気持ちを優先するなどできないはずだ……と私は言ったのだよ、ジュリアス。 で、彼女は、あえて補佐官になる道を選んだが聖地にあがって間もなくその想い人である守護聖は、任が解かれ聖地を去っていった……。結局、彼女の恋の結末は悲しいものとなったのだ。しかしその後は補佐官としての自覚を持ち、女王と共にしっかりと務めたのだという。女王試験の後、サファーシスには幾つかの国が出来ており、その後の発展は民に委ねられた。聖地との回廊も閉じられて、その他の星々と同じくサクリアが降り注ぐだけの関わりとなった」
 セレスタイトはシャーレンに視線で合図した。それを受け、シャーレンは、当時の記録をジュリアスたちの心に送った。穏やかな日差しに照らされた収穫の季節の様子だった。豊かに実った稲穂に喜び合う民の姿が心を和ませる。だがその記録が一転する。隊列を組んだ大勢の兵士たちが、中の島目がけて押し寄せる記録だった。
「こ……れは?」
 とオリヴィエが呟いた刹那、彼らの心の中で、その兵士たちが武器を振り乱し始めた。
「西と東の発展の違いは大きく、西は東を未開の地と見下すようになっていた。西の大国はこぞって東へと侵攻し、東の地にあった国々を自分たちの植民地にし 、民を奴隷として扱った。さらには、西にある幾つかの国同士も東の領土を巡って争いを繰り広げる……」
「ああっ……」
 心の中に再現される蹂躙の様子に、リュミエールが悲鳴のような叫び声を上げ、もう見たくないと言うように目を覆った。が、心の中では情け容赦なく記録は続いている。
「そして、長い間、飛空都市サファーシスは、国土を巡って戦いの絶えない地になってしまった。自分たちの育成した地が、そのようになって、女王陛下も補佐官も心を痛めた。補佐官は、自分のせいで大陸の発展に格差が出来てしまったことが原因だと深く悲しんだ。けれども、自分たちの手で星の運命を動かすことの出来る民の存在する地は、聖地にとっては、見守る対象でしかない。陛下や守護聖は、その地の王や指導者ではないのだから、関与することは出来ない」
「何故、出来ないんです? こんな……こんな酷い有様なのに? 戦いが治まるように、あんたたちの持ってるサクリアか何かの力を送ればいいじゃないか!」
 納得出来ないとばかりに言い返したのは、オスカーだった。
「サクリアを送ったとしても、それを受け止める側である民の心が開かれていなければどうにもならぬ。まったく無効というわけではないが。そう……東の地、クゥアンの太祖ジュリアスが聖地を拒絶し、 現在に至るまで東の地の発展が西より遅れているように。そして、飛空都市サファーシスは、この暗黒時代の末、まるで手のつけられない状態を一掃するような事態が起きたのだ」
 シャーレンが再び、記録を送る。堅牢な石造りの城の尖塔から二つに折れ、土台から崩れていく……。
「城が揺れてい……る?」
 元々、地震とは無縁と言っても良いスイズの地に住むリュミエールやクラヴィスは、大地の揺れを体感したことがほとんどなく、知識としてそういうことがあると知っているだけだった。ジュリアスたちにしても知っている地震は、もっと小規模なものだった。
 山肌が崩れ落ち、下にあった村落が埋まっていく記録に、ルヴァは自分の故郷が、スイズの陰謀に巻き込まれて消えていった時はこんな風であったのかも知れないと思い、頭を抱えその場に伏すようにして呻いた。
「大地が……割れる……、山が……」
 一瞬にして、大地の裂け目に飲み込まれている大勢の人の姿に、ジュリアスも絶句し、縋るもののない床でさえをも掴みそうになった時に、その記録が皆の心から消えた。
「大規模な地殻変動が起き、飛空都市サファーシスは崩壊した。一番始めの大きな地震で、人工的に造った中の島辺りから、西と東の大陸は寸断され、その後も続いた大きな揺れによって、特に東の大陸ルクゥアンは、そのほとんどの地が水没した。東の地ルクゥアンは、揺れながら何度も西の大陸に潜り込むように衝突し、海峡のあった部分を押し上げながら揺れ続けた。あの大山脈はその時の名残だ。普通ならば何千、何万年もの長い時の中で起こりうる事象だが、半ば人工の地であるが故に最初の地震から現在の姿になるまで わずか百年ほどを要しただけだった」
 心の中に先ほどまでの悲惨な記録とは打って変わって静かな風景が映し出される。だがそれは、生き物の気配のしないまさに死んだような静けさだ。
「民は……、全ての生き物は死に絶えてしまったの……?」
 オリヴィエがこの記録の中に、何か救いの気配がしないかと心を研ぎ澄ます。
「生き残った者たちも僅かながらいた。……それが現在のこの地の歴史の始まりとなる。その者たちは、長い時をかけて人々は、集落を作り、村を形成する……」
「それが、クゥアンの太祖が生まれた頃の時代ってことか」
 そう呟いたオスカーに、セレスタイトは首を左右に振る。
「それはもっと後の時代だ。この大崩壊が治まって間もない頃、聖地では女王が交代することとなった。女王候補として彼の地に深く関わった女王陛下と補佐官は、故郷には戻らず、サファーシスに降りられた。ご自分たちが育て た世界を、今度は人として、出来ることをするために」
 金色の髪を緩やかに結い上げた真白いドレスを着た女性と、腰まで届く栗色の髪をきりりと結わえた薄紅色のドレスの女性の記録が心に映る。その身を飾られたものは全てジュリアスたちが今まで目にしたことがないほど手の込んだ豪華なものに見える。だが、その美しく着飾った二人の女性の姿がふいに一転し、極めて簡素なものに着替えた二人に変化した。
「今、シャーレンが見せたのはその女王と補佐官が、サファーシスに降り立った時の姿だ。それでもこの地に生き残った者たちから見れば雲泥の違いだが……。
文明は崩壊したものの、西は東に比べて土地だけは水没せずに済んだから、生き残った者も多くいた。だが、それだけに二次災害とも言うべき疫病が蔓延していた。二人は、そんな最中にある、現在のスイズ王都あたりの集落に降り立った」
 その集落はいかにも貧しげだった。泥濘の続く道端に在り合わせの木々を組み合わせて造った小屋が続いている。
「これが……昔の……我が国」
 現在のスイズ城下の片鱗もなく、あまりにも不衛生で暗い村の様子に、リュミエールは絶句する。
「こんな所に降り立った二人は、まるで天使のように見えたんじゃない……?」
 オリヴィエが言うとセレスタイトは頷いた。
「そうだな。記録によると聖地を出た時、二人はありったけの医療品を持って行ったのだそうだよ。 私品以外、本来ならば聖地の品を下界で使用することは禁じられている。それを承知で、装飾品や衣類の類に見せかけて、持ち込んだのだという。そして、自分たちの技術や知識を駆使し彼女たちは懸命にこの地の復興に努めた。そんな二人は自ずとこの地で指導者となった……」
 泥の道に石を敷く男たちの姿が心に映る。粗末な小屋は相変わらずだったが、その窓辺に野花を飾る余裕が人々の心に生まれている。集落の外れに、小さな祠のようなものが建てようとしている者たちの姿が映る。
「あ……」
 と小さな声で叫んだのはクラヴィスだった。
「そうだよ、クラヴィス。この祠が後の教皇庁となる。お前が好きだったあの古い聖堂の辺りだ」
 セレスタイトの表情が一瞬和らぐ。懐かしい日々を愛おしく見つめるように。
「このスイズと教皇庁付近の集落の復興の進んだ後、元女王はこの地を離れ、今で言うダダス付近へと向かったのだ。噂を聞いたその地の民に請われて、新たなる地の復興に手を貸すために。補佐官はそのまま留まり、伴侶を得た」
「そして女王だった人は、ダダスあたりで伴侶を見つけたんだな。その末裔がクゥアンの太祖初代ジュリアス様というわけか……」
「ジュリアスが女王の血を引くって言ってたのはそういう経緯なんだね」
 オスカーとオリヴィエが納得し合っている横でジュリアスもまた頷いている。
「神鳥の紋……。神鳥は聖地の印でもあるのに、聖地を憎んだ初代ジュリアスが、そんな印を使ったのは何故だろうと思ったのだ。聖地からの使者がやって来る以前から、太祖は祖先からの印として使っていたのだな」
「この地に降りた元・女王様は、聖地で自分が女王だったことは家族には伏せたままだったのだろうね。でも神鳥の御印だけは使ったんだろう……彼女の心の奥の細かい所までは【記録外】だけど、僕はそう思う」
 シャーレンの後をノクロワが継いで話す。 「さらに補佐官とその伴侶の子が初代の教皇となるのだ。我らの祖先だ。最も、最初の頃は教皇などという呼び名ではなかったが」
 セレスタイトは、クラヴィスを見ながら付け加えた。
「ルヴァよ。この地の歴史は、地殻変動による崩壊前と後で大きく分かたれているのだ。解せない遺跡の謎は解けただろう」
「はい。様式の一致しない古い遺跡は前史のものだったのですね」
 ルヴァは得心したように明るい顔で頷いたが、今度はオリヴィエが、 「ん〜」と唸った後、「あのぅ〜。西の地に降り立った女王と補佐官を指導者として、この地の復興が為されたのは判りましたが、東の地はどうなってたんでしょうか?」 と東の大陸の者を代表するように言った。
「詳しいことは判らぬのだ。恐らくは生き残った者たちが細々と暮らしていたとしか」
 セレスタイトがそう言うとジュリアスが、「西と東の大陸の大きさはほぼ同等であったのに、今はあんなにも狭い。崩壊の凄まじさを物語っている……」と呟いた。そしてその後、強い口調で「生き残った民の数も僅かであったろう。だから、聖地の監視下になかったのか?」と言った。
「つまりは見捨てられたってことですかね?」
 オスカーの目に怒りが走る。
「それは違うのだ。見捨てたのではない。西の地の記録が残っているのはあくまでも、元女王と補佐官が降り立ったからだ。その力が衰えた後の事とはいえ宇宙の礎となる女王のサクリアを持っていたお方だからな。歴代の女王はその力を引き継ぐ時に、過去女王の記録や遺志も継ぐ。特に前女王と現女王の間では、女王交代期前後は、特に意識が強く同調する のだ。故に数年の期間だけ緩やかな監視下に置くのが常だったのだ。それに、先も言ったように聖地の品を下界に大量に持ち込んだ二人は、通常ならば処罰に値する。時の陛下が温情を持って見守るだけにされたのだ。今、お前たちに見せた記録は、正式には西の大陸の記録ではなく、女王と補佐官だった者の記録として残っていたものだ。 そして、それとは別に……」
 セレスタイトはノクロワを見た。話を進めて良いのか打診するかのように。
 

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