第四章 遺 志

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 セレスタイトが静かに話し出す。彼にとっても、つい最近、聖地に上がってから知り得たばかりの自分の生まれ故郷の事実……。
「例外というのは、聖地と幾つかの飛空都市のことだ。飛空都市とはある目的の為に、聖地によって造られた場所のことをいう。人工的に……という意味においては、コロニーやステーションと似てはいるが、その基は、発達途中のごく小さな惑星だ。そして、それは太陽を中心に回っているのではなく、聖地を中心として存在している」
 セレスタイトは、皆の表情を確かめるように見渡した後、話を続ける。
「……お前たちの住むこの地は、飛空都市なのだ。その名をサファーシスという。私は教皇庁にあって、この地を創られたのは聖地だと長年説いてきたが、それは本当だったわけだ」
 セレスタイトはそこで、ひとつ大きな溜息をついた。聖地によって造られたもの……というのが、やはりジュリアスたちには引っかかるようで、一瞬、気まずい沈黙が流れた。その時、どこからか小鳥が飛んできて、窓辺に留まった。チッチッと鳴きながら、石造りの窓枠の隙間を突いた後、軽やかな羽音をたてて、すぐに飛び去って行った。
「でも……、それでも……わたくしたちは、創られたものではない……ですよね? 花も木も、あの小鳥も……」
 リュミエールは、、自らの存在を肯定するように言った。
「聖地は礎として関与しているだけだもの。最初はどうだったか知らないけど……?」
 オリヴィエにとっては、同じサクリアを持つシャーレンが親しみやすく、自然と視線が彼に向く。
「そうだね」
 シャーレンが軽く頷く。ジュリアスの視線は、シャーレンの向こうにいるノクロワに向いている。
「聖地とその飛空都市は、どのような関係にあるのだ?」
 ジュリアスが、さらなる疑問を投げかける。
「飛空都市はある目的の為に聖地が創ったものだ。飛空都市は、現在に於いて幾つかあるのだが、政治的、経済的に聖地、すなわち女王陛下と我々守護聖が関与し、頻繁に行き来し 、統治しているものもある。飛空都市の物資が聖地に流通したり、民が聖地で働いたりしているのだ。一つの国……のように機能しているわけだ。それとは別に、お前たちの地のように、聖地の存在は、明らかになっているものの、特別なことが無い限り、何ら関与しない所もある」
「特別なこととは?」
 ジュリアスが、ノクロワをじっと見据えたまま問う。
「何らかの事象により、飛空都市自体の存続が危ぶまれる時」
「それは……大きな天災だとか、戦争だとか、そういうことですか?」
 ルヴァは、先のスイズとダダスの戦いの事を思い描きながらそう言った。あの戦争の犠牲は大きなものだったが、結果として、大陸全土に新風が吹いたのだ、もしや、聖地が何らかの関与をしていたのでは……と思ったのだった。自然とその問いかけには、この地の出身者であるセレスタイトに視線が集まった。
「先の戦争のような規模の事ではないのだよ、ルヴァ。多くの人が犠牲となった大きな戦いではあったけれど、聖地はまったく関与していない。この地、サファーシスが特別な地であったから たまたま監視下にあり、そういう戦争が起こったことは聖地の知るところではあったけれど、そうでなかったらそんな戦いがあったことすら判らなかっただろう。飛空都市全てが消えてなくなるほどの規模でなかったら関与はしない。冷酷なようだが」
「関与していない、と言ったのは、直接手助けをしたわけではない、という意味だぞ」
 セレスタイトの横からノクロワが付け加える。
「サクリアというものが、この我々の宇宙全体に関与しているのは、もう承知している」
 ジュリアスは、苛立ちを隠さず言葉を続ける。
「そもそも聖地は何処にあるのだ……? この我らの住む土地は? 言葉での説明はもういい。オリヴィエの過去や宇宙を見せたように、そなたたちの伝えたい事を、さっさと一気に“見せ”ればよかろう」
 ジュリアスは、俯きこめかみの辺りをそっと押さえながら言った。顔を挙げたジュリアスとノクロワの強い視線が絡み合う。そんな二人の側で、ルヴァが誰と視線を合わせるでもなく 、遠い目をしたまま、「この地が創られたもので、サファーシスという名の飛空都市だと……?」と呟いた。その声が僅かに震えている。そしてハッとばかりに 視線を守護聖たちへと移した。
「ダダス大学に現存する最古の歴史書に書かれている以前の歴史があるなら私は識りたい。この我々の住む地の起源は、教皇庁のあるこの辺りが中央で、そこから派生して幾つかの集落が生まれたとされています。今のダダスやルダの古い都があるところ もそのうちのひとつです。けれども荒野ばかりが続く大山脈の麓からも幾つかの遺跡が発掘されていますし、そこで見つけられたものは、独自の様式を持っていて、中央から派生したものではないのです。私はここ数年、そのことをずっと調査していたんです。もし……もしも、私たちが知る歴史以前にも、この地に歴史があって、それには聖地が深く関与しているのなら……」
 ルヴァは、守護聖たちに縋りつくような視線を投げかけた。
「あなた方がどういう目的でここにいらしたか知らない。さっき見せていただいた宇宙の概念は素晴らしかったけれど、私はこの地の、私たちの住むこの地の事のほうが知りたい!」
 それまでジュリアスたち東の地からやってきたものたちの横で、少し退いたようにしていたルヴァの強い口調に、シャーレンはあからさまに驚いた表情を見せた。
「私にとってもこの地は大切な故郷だ。サファーシスの歴史は私が語るのがいいだろう。シャーレン、要所要所で彼らの心にイメージを送ってやってくれるかい?」
「まかせて。全員を相手にしてもそれくらいならノクロワの手を借りずとも簡単なことだよ」
 シャーレンは、集中力を増すために腕を組み俯いた。ふわり……とその場の空気が変わったと同時に、座している者たちの心にひとつの風景が入り込んでくる。
 明るい日差しに満ちあふれたのどかな草原の斜面の先に海が見える。左右に見渡せば、そのいずれの方向にも大陸が見えている。そこは、二つの大陸に挟まれた小さな島なのだった。
 ナカノシマ……。
 と、シャーレンはささやかだが、とても重要な場所の名称をジュリアスたちの心に吹き込んだ。
 

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