第四章 遺 志

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 ジュリアスが見せられた【記録】以降の聖地について尋ねてしまうと、その場に少しの間、沈黙が続いた。守護聖たちはじっと皆を見下ろしているだけだった。ややあって、、やはりジュリアスが皆を代表するかのように口を開いた。
 「今一度、問う。私は自分の過去と一族の事を知り、【記録】により聖地や守護聖というものについて……私なりに理解はしたつもりだ。そなたたちは、最初に言った、『来るべき時を受けて、女王陛下の御名の元、任を告げるために参った』と。その任とは? 来るべき宇宙の崩壊と新宇宙の誕生に我らはどう関わるのだ? 新宇宙の為に守護聖を……サクリアを創るのだと言ったな? それは……」
 もしも……聖地に召還されるというのなら……どうすれば……と皆の心に不安が過ぎる。 リュミエールの額に冷や汗が滲む。もし今、自分が突如としていなくなったならスイズは……、いや、それよりもクラヴィス様までもが聖地に召されたとなっては、教皇を失ったこの地は一体どうなってしまうのか……と。ルヴァも同じ思いだった。そして乱世となるかも知れない不安以上に、婚約者フローライトへの思いが過ぎる。他の者たちもそれぞれに自分の抱えているものに思いを馳せる。
 セレスタイトが皆の心中を察しながら、穏やかな諭すような声で話し出す。
「ジュリアスとクラヴィスが邂逅し、時が満ちた……陛下が下賜されたアミュレットに導かれるように、皆がここに集まって……」
「アミュレット?」とオリヴィエが呟くと、「色石……サクリアと陛下のお力が込められたお守りのことだよ」とシャーレンが説明した。そして自分の袖を少し手繰り上げ、手首にはめられたブレスレットを見せた。金色の鎖の合間に濃い薔薇色の石が幾つも飾られている。
「あ、それ」
 とオリヴィエが声をあげる。
「君の持ってるものとはデザインは違うけど、石は同じだね。鉱物はサクリアを込めるのに丁度良い器なんだ。けれど相性みたいなものがあって夢のサクリアにはこの石が一番合う。守護聖は皆、サクリアに合った石を使って装飾品を造ってアミュレットとして持っているのさ。あ、ごめんね、セレスタイト。話を続けて」
「いや、説明をありがとう。……その、アミュレットは、この宇宙の終焉と新たなる宇宙の黎明の為、サクリアを育もうとお考えになった当時の陛下がこの地に放たれたものだ。守護聖たちは、それぞれにサクリアを込めたのだ。最後に陛下のお力が込められた。その時、石はその衝撃に耐えきれずに亀裂が走ったのだという。それは、また好都合でもあった。大きな割れの入ったものなど普通ならば価値のないものと見なされるので……」
 その言葉にオスカーは短剣に付いている赤い石をじっと見つめた。他の者たちも自身の衣装やその下に身に付けているアミュレットを触れる。
「そう……。陛下はまさに無造作に投げ入れるようにそのアミュレットをこの地に放たれたんだ。これらはそこらの道端に落ちていて、誰かが拾うことになる。例えば……。貧しい農夫が、良いものを拾ったと女房か娘の為に持ち帰る。しばらくは農夫の家に留まることになるのだけど、ある年、飢饉が起こり、仕方なくそれは売りに出される。瑕付きだから安値だろうけれどね。農夫から買い取った行商人は、その他大勢の大した価値もない品々と一緒にしておくのだけど、それはまた誰かの手に渡っていく。それを持つに相応しい物の手に……。そして聖地の陛下や守護聖たちは、個々のサクリアの気配を聖地に居ながらにして知ることが出来る。ジュリアスとクラヴィスの場合は、サクリアは世襲されたから、代々継がれて行った。他の者たちは……」
 シャーレンは、オスカーの短剣を見つめた。
「これは俺が生まれた時、父が買い求めたものだ……」
 オスカーは父から聞いた話を思い出しつつ呟いた。
「ワタシのは……母が持たせてくれたもの……。彼女もどこかでこれを見つけたんだね」
 オリヴィエは愛おしげに胸を押さえた。その手の下、薄絹越しに石の冷たさが伝わってくる。
「わたくしのもそうです。生母が赤子だったわたくしのために……」
 リュミエールは、その所在を知ってから、大切にして上衣のどこかにさりげなく身に付けている。
「私は成人してから貰ったのです。これは遺跡に落ちていたのだそうで……」
 木を削った手製の襟止めしか持っていなかったルヴァにとっては、たとえ瑕付きであろうと細工が簡素であろうと、身の程を過ぎた贈り物だと思って受け取ったものである。フローライトは、何故か貴方を思い出した……との言葉を添えて、それを手渡してくれた。
 その経緯は違えど、彼らにとってアミュレットは、ここ数年は特に、特別なものとして共にあったものだ。
「そうして、何世代もそのアミュレットはこの地で、僅かながらもその身にサクリアを持った者の間を渡って来たのだ。サクリアには特に引き寄せ合うもの同士がある。光のサクリアには炎のサクリア。太祖ジュリアスの傍らにいた者の誰かがそうだったのだろう。恐らくクゥアンの王の側近くに絶えず炎のサクリアを持った者がいたはずだ。闇のサクリアには水のサクリア。これも然り」
「あの……サクリアは九つあるのですよ。では私たちの他にもこのアミュレットを持つ誰かがこの地に?」
 ルヴァは残りの所在を気にして言った。ノクロワが微かに笑みを浮かべ、「そうだ。私たちは残りの……風、鋼。緑のサクリアを持つアミュレットの所在も知っている。だが、お前たちのそれと比べてまだあまりにも微弱だ。ただ……光と闇のサクリアを持つ二人が邂逅したこの後、影響を受け、大きく育つであろう」と言った。そして、古塔の石をくり抜いて作られた窓の外を見て、「サクリアは引き寄せ合うものだ……残りの者たちもそう遠くない所にいるようだ」と言った。
「知らないうちに聖地と寄り添っていたんだね……」
 オリヴィエはまだ胸に手を置き、その下のアミュレットに向かって話しかけるように呟いた。
 

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