第四章 遺 志

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 冷たかったジュリアスの指先が僅かに震えるように動いた。オスカーはそれに気づき、思わず「ジュリアス様、ジュリアス様」と叫んだ。
「うむ……」
 瞳はまだ閉じたままだがジュリアスがそれに応える。待ちかねたようにシャーレンが、強引に【記録】は既に終わっているのだと声高に告げるように夢のサクリアを引き上げる。ジュリアスの目が開いた。青いその瞳に、心配そうな顔をして覗き込んでいるオスカーとオリヴィエが映る。
「やっと戻った……まったく……冷や汗が出たよ」
 シャーレンが心底ホッとした様子で息を継いだ。ジュリアスは、何度も深呼吸し「大丈夫だ」と言うとオスカーとオリヴィエの支える手の中から体を起こし、真っ直ぐに座り直した。それぞれの者たちもきちんと座り直したのだが、無意識のうちに、ジュリアスとクラヴィスを中心にし、その両脇に控えるという【記録】の中の位置に変わってしまっていた。その事に気づいたシャーレンは、クスッと笑いかけたのだが、ジュリアスの険しい表情に黙り込まざるを得なかった。

「……聖地が主星から離れた後、どうなったのだ? 主星と外域連合との戦いは?」
 ジュリアスは、強張った表情のまま、【記録】のその後について守護聖たちに尋ねた。その問いかけにルヴァたちもハッと目を見開き、守護聖たちの答えを待った。セレスタイトが、ジュリアスのすぐ前に立ち語り出した。

「その直後、主星上から聖地が消え失せた事が事実と判っても、すぐに停戦とはならなかった……。わだかまりが消えたわけではなく、双方共に、混乱の中にあって為す術が無く、戦いに突入したのだ。あまりにも多くの犠牲が出た。ようやく終戦した時には、主星の力も衰え、主星星域個々の星々を繋ぐネットワークも失われ、星々は孤立した。宇宙全域では、聖地がどこに失せたのか憶測だけが飛び交い、人々の心に不安が募 った。政治的にはもちろん、経済的にも主星は衰退の一途を辿り、総ての人の住む星々に於いても長い低迷期に入った。その時期はざっと千年ほども続いた」
 セレスタイトの話しの後を、ノクロワが継いで語り始めた。
「だがまったくの暗黒時代だったわけではない。病後を安静にしている者のごとく、活気が無かっただけだ。幾つもの小さな戦争なら絶えずどこかで起こっていたし、技術の進歩もごく緩やかにではあるがあった。聖地やサクリアがまったく失われたわけではなく、主星上から無くなったというだけで、この宇宙には存在するのだからな。そう……お前たちの東の大陸のように、人々の心が閉ざされてサクリアが届きにくくなっていただけ……と言えば判りやすい」
「聖地は……聖地はどうなったのだ? 守護聖たちは?」
 ジュリアスの横からクラヴィスが問うた。
「聖地移転の際、肉体の死を免れたのは、女王陛下とそのすぐお側に控えていた補佐官と世話係の女官のみだったと後の【記録】にある。陛下は移転の際にお力のほとんどを使い果たし、身を起こすことも儘ならぬ状態だった。少しして、ようやく次代を継ぐ少女が見つかり 、聖地に召還され、陛下はその時、聖地と下界とを繋ぐ次元回廊というものを開かれたのだ。そして、彼女に総てを引き継がれた後、静かに身罷られた。新聖地の初代女王は、過去歴代の女王よりの力も滞りなく引き継ぎ、時や次元を扱う術をもって、幾つかの飛空都市を創世し、 現在の礎となる聖地の体勢を整えられた。人としての守護聖は不在だったが、次代の女王の頃に、ようやくサクリアは漂うのを止め、宇宙のどこかにある星々に住む相応しい者へと宿ったのだ。この間、聖地の外では先に言ったように千年の時が流れていた。聖地にすれば、約……十年ほどであろうか……」
「千年が……僅かに十年に……」
 驚きの声がジュリアスたちの中に上がる。
「その時差は定まっていないのだ。場所によっても違う。主星のように比較的、聖地に近しい場所では、その差は幾分緩やかになる。いずれにしても女王や守護聖となった者は、それなりの覚悟はせねばならぬと言うことだ」
「例えば……身内の死に目にも逢えないと?」
 クラヴィスが問う。
「無論。聖地に上がった翌日に下界では、数年が過ぎている場合もあるのだ。聖地に慣れた頃、やっと心に余裕が出来て、故郷の者たちはどうしているのだろうと気に掛けた時に知るのだ……もう誰 も……家族や友人は生きてはいないと」
 ノクロワの言葉には実感が籠もっていた。彼がそういう思いをしたのが推測された。
「聖地移転は……民たちだけなく、守護聖様自身も痛みを伴うものだったのですね……」
 リュミエールは【記録】の中で守護聖だった時の事を思い出す。と同時に今、目の前にいる守護聖たちの事を思う。彼らもまた愛しい者たちとの別れを乗り越えて存在しているのだと。
「それから、また長い長い時が過ぎたんだ。前と同じように主星を中心として他の星や星系とのネットワークが出来た。悲しいことに小さな衝突は何回も繰り返されたし、各々の星々の間では戦争もあるけれどもね。でも僕ら守護聖は、聖地は……無意味な存在では無いよ」
 ゆっくりと噛み締めるようにシャーレンはそう言った。彼は、その能力から過去の出来事を誰よりも緻密に自身の中に感じ取ることが出来る。聖地移転から現在に至るまでの膨大な【記録】の中に、どんなものがあったのか、ジュリアスたちには知る由も無かったが、既に聖地の成り立ちとその過渡期の状態を知った今は、それが何となく判る気がしていた。
 

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