青ざめた顔のジュリアスの横で、オリヴィエが苛立っていた。彼もまた出生の謎を持っている。それを口に出して問い掛けたいのだが、どう切り出して良いものか、上手く言葉が出てこない。
“聞かなくちゃ……ワタシの事も……山の麓で捨てられていたと聞かされているけれど、本当はどうなんだか……”
そんな彼の心を見透かしたシャーレンが、オリヴィエの前に立った。
「自分の事が知りたいんだね? ジュリアスのように」
オリヴィエは頷くだけで精一杯だった。
「判るの?」
「んーーとね……。いろいろ方法があるんだ。例えば、この……」
シャーレンは、木台の上に無造作に置いてある古いランプを手に取った。
「これを造ったのは……ざっと二十年ほど前の城下の職人だね。今、僕には、これを造っている若い男の姿が見えている。何人もの職人がいる工房で、出来の良いものが教皇庁に買い上げられるから、皆、頑張っているみたいだ……」
そこでシャーレンはクスッと小さく笑った。
「なんだ?」
ノクロワが問う。
「この工房では親方が、教皇庁に買い上げられるほどの出来の良いランプが造れた者を娘婿とする……と言い出して大騒ぎ。そして、このランプを造った男が娘と結婚することになったよ。その後は、ここにこうして置かれてる。そんな風にして君の中にある記憶を見せて貰えば、君の出生は判ると思うよ」
錆びたランプの縁を、指で擦りながら、シャーレンは微笑む。
「そんなものが見えるなんて……」
「何もかもが見えるわけではないけれどね。信じられない?」
「いいえ。語らずとも意志の疎通の出来る者や、僅かだけど念じただけで物を動かせる力を持っている者を見たことがあるもの。それに信じられないことなら、貴方たちがどこからともなく現れたことの方が信じ難いことなのだし」
オリヴィエは率直な言い様にシャーレンは頷く。
「君なら受け止められると思うから、言葉ではなく直接、見せてあげる。」
シャーレンはオリヴィエの目の前にしゃがみ込むと、彼の手を取った。
「顔は女性みたいなのに、手は結構、男っぽいなあ」
と言われてオリヴィエは改めて自分の手元を見た。モンメイにいた頃は何一つ重いものを持つ必要もなく、また持つことも許されずに、ほっそりとしていた指も、ジュリアスと共にクゥアンに赴き、騎士としての修行を積むうち
に自然と節くれ、皮膚も分厚く変わってしまったのだった。その上、航海中は、手入れも出来ず、海水と強い日差しに曝された日々だったのだ。
「だって……騎士ですから」
オリヴィエは小さく言い返す。
「うん、そうだね。騎士になるためにとても頑張ったものね」
そう言って、シャーレンはにっこりと笑う。オリヴィエは思わず、彼から手を引っ込める。
「やっぱり、見えたの?」
「うん」
「全部、見えてしまう?」
「細かい所までは知らないよ。君だって、自分のことでも、印象に残ったことや、大切な事しか覚えていないだろう? 君の持っている記憶の一部が少し見えただけ。それと、
赤ん坊だった君自身は忘れているというか、覚えていることを自覚していない深い所にある記憶……これは強く見ようと意識しないと見えないものだけど、今、見せて貰ったよ。君の母上の記憶だ」
そう言われても、オリヴィエには、やはりいまひとつ理解しきれない。
「まあ、いいじゃない。ともかく今は、君の過去の事を伝えよう。これは記憶というより、【記録】だね……ほら」
シャーレンは、オリヴィエの目をじっと見た。何が始まるのだろうと、ルヴァとリュミエールがオリヴィエの方を覗き込むようにして見た。ほんの少しの沈黙の後、オリヴィエが「あ、あああ……」と呻き声をあげ、その場に伏せて倒れ込んだ。
「オリヴィエ!」
ジュリアスとオスカーが同時に腰を浮かせた。
「オリヴィエッ、どうした? しっかりせよ」
ジュリアスが、震える彼の背中に触れ、抱き起こそうとする。
「貴様ッ、オリヴィエに一体、何をしたんだっ」
オスカーは、シャーレンに掴み掛かった。サッと立ち上がった彼だが、オスカーに襟元を掴まれてしまう。
「やだな。何もしやしないよ、放して」
「オリヴィエは急に倒れたたじゃないか!」
「ノクロワ〜、ずるいよ、自分の時は、彼を視線で留めたくせして、僕は助けてくれないわけ?」
オスカーに掴まれたまま、焦る風もなく、隣に立っているノクロワにそう言うと、シャーレンはふくれっ面を見せた。
「ふん、知らんな。私よか若くて強いくせに甘えるでない」
ノクロワがそう言うと、シャーレンはやっと、オスカーの手首を握り、自分の襟元から避けさせた。その細腕に似合わぬ力にオスカーは唖然とする。
「オスカー、大丈夫だ……から」
背後からオリヴィエの声がして、オスカーは振り返る。
「お前、冷や汗が……。一体、どうしたんだよ?」
「ワタシも知ったよ、今……。ワタシは誰の子なのか、今、判った」
「判ったって? 今、ほんの数秒の間だったぞ?」
オスカーがそう言うと、ジュリアスが苦々しい表情で「心に入って来たのだろう。私もさっきそうだった。ほんの一瞬の間に、クゥアンの太祖が、そこにいるかのように見えたのだ」
と言った。
「うん。急にたくさんの事が心の中に入ってきたので驚いただけ」
オリヴィエは、額の汗を拭い、髪を掻き上げた。
「この場合は、元々彼の心の奥底にあった記憶を、僕が引き出して見た、そして、それを彼の中に改めて戻したことになるから、逆流……って感じかなあ。やっぱり夢のサクリアを持つ
同士なら、同調しやすかったなあ」
シャーレンは、独り言のようにブツブツと言ったあと、パッと顔を上げて、
「オリヴィエ、君が今、見たものを話してあげるといいよ。皆に。気持ちを整理しながら、客観的に話すといいよ」と言った。
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