第二章 再 会

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 大地が見える−−− 、とジュリアスが叫んだ後、その声を聞いた甲板にいた者たちは、触れてはならない宝物に接するように、静かに、ジュリアスの側に集まった。船室に戻りかけていたオスカーたちも引き返してくる。
「あ……」と、誰かが小さく叫ぶ。誰の目にもぼんやりと陸地が映っている。
「ジ、ジュリアス様、こっ、これを」
 航海士長が、腰にぶら下げていた望遠鏡を慌てて外し、ジュリアスに差し出す。それを受け取ったジュリアスは、前方を覗き込み、その後、何も言わず、隣にいたオリヴィエに手渡した。そして、オリヴィエはオスカーに、オスカーはラオに……と、望遠鏡がその場にいた者に一巡すると、ほとんど無言だった皆の中で、ヤンが、「陸……ですよね? 陸ですよね?」と興奮したように言った。
「ああ、西の大地だ」
 ジュリアスが静かに答えると、それが合図になり、一斉に歓喜の声が上がった。若い騎士団の者たちは、飛び跳ねるようにして他の仲間に知らせに走っていく。航海士長とその部下の男はその場に座り込んで号泣してしまう。
「ダメだ、泣けてきちゃうよ」
 オリヴィエは、ジュリアスの肩に縋りながら、鼻を摘み上げている。オスカーは、船首の手すりをギュッと掴んだまま俯いている。
「オスカー」
 ジュリアスは手を伸ばし、彼の背中に触れた。
「良かった……良かったで……すね」
 オスカーは、涙を止めることが出来ない。オスカーの心には今、少年の日の自分とジュリアスが映っていた。『あの大山脈の向こうには何があるのだろうな?』とジュリアスが呟いた遠い昔。
 それから、幾つもの国がクゥアンに統合され、まだ若いジュリアスが背負うものが大きくなっていくのを、傍らで見続けた日々。現実を直視し続けなければならないジュリアスが、オスカーと二人の時だけに語りかける夢は、いつしか自分の目標のひとつにもなっていった。さらに、炎に包まれて死に瀕した館で、あの石を手にしてから、夢は単なる夢でなくなり、自分たちの目前に立ちはだかる見えない壁となっていた。それを越えなければ、この後、いかような地位に登ろうとも、己の人生に悔いを残すと。
“だが、やっと、その壁の間際に辿り着いただけなんだ……。泣いてる場合じゃない……”
 オスカーは、シャツの袖口で涙を拭うと、振り返ってジュリアスに笑いかけた。ジュリアスは、オスカーの肩をしっかりと引き寄せた。
 静かに喜び合う三人の背後から、どやどやと賑やかに水夫たちがやって来た。陸地を見た彼らは、抱き合って喜び合う。
「いかような土地か判らぬうちは、まだ油断は出来ぬが、今はただ喜ぼう。皆にも、苦しい思いをさせたな。しばらくは、さあ、陸地をしっかりと確かめるがいい」
 ジュリアスたちは、船首を水夫たちに明け渡し、労いの言葉をかけた。
「へい。ありがとうございます。けど……」
 水夫の長は、ジュリアスに頭を下げた後、仲間の方に向き直った。
「おい、皆、もういいだろ。本当に陸地があったんだ。俺たちがここにいちゃあ誰が船を動かすんでぇ。とっとと持ち場に行け、さあ、さあ」
 とわめき散らした。
「おう」と水夫たちの野太い声が響く。久しぶりに聞く腹の底から出た声だ。
「私たちも操舵室に行こう」
 これから、上陸するため準備が始まるのだ。この先に何があろうとも、ともかくは新しい局面を迎えて、ジュリアスたちの心は躍っていた。
 

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