第二章 再 会

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 風が変わって四日が過ぎた。天候は穏やかすぎるほどである。緩い南風もそのままだった。よほどの悪天候でない限り、ジュリアスは、日没を船首で迎えることにしている。今日一日を反省し、明日の無事を祈るために。それはこの船上に在ってということだけではなく、幼い頃からの彼の日課のようなものだった。
 “船の補修も進んでいる。水夫たちもよく働いてくれている。風の方向もいい。後は、もう少し強く吹いてくれれば……”
 とジュリアスは思う。
「人って欲深い生き物だよね。少しでも風が変わってくれたならと思い、変わったら変わったで、今度はもう少し強く吹いて欲しいと思う」
 背後からそう言われてジュリアスは驚いて振り返る。オリヴィエが近づいてくる。もちろん、ジュリアスの心の中を読んだわけではなく、自分自身が思ったこととして何気なくそう言ったオリヴィエに、ジュリアスは苦笑する。
「そうだな」
「もうずいぶん北へ進めたはず。それらしいものは見えないけれど……」
 オリヴィエは前方を見据える。自分たちの船と海原、今はそれしか無い。
「先ほど、鳥を見たのだ。いつも見る海鳥とは違っていた」
「いつもと違う鳥? 海鳥ではないと?」
「ああ。コツに似ていた。それにしては少し大きいようだったが」
 コツは、文を運ぶのに適した鳥である。ジュリアスたちの世界では、小さな筒を足に括り付けて、火急の文を運ぶのに使う。
「もしコツだとしたら陸地があると言うことじゃないの?! そしてそれが近いってことじゃあ」
 オリヴィエは興奮したように言う。
「私もそう思う」
 二人は頷き合い、またそのコツに似た鳥がいないかと空を見渡していると、オスカーがやって来た。
「ジュリアス様、今、水夫たちが俺の所にやって来たのですが……」
「何か問題でも?」
「いいえ、問題が起こったわけではありません。水夫の中で、インディラで漁夫だった者たちが、潮の流れが気になると言うのです」
「悪い?」
 オリヴィエは心配そうに尋ねる。
「いいや。水温やその流れが変わり、網を貼れば魚が捕れそうだと言うのです。実際、朝一番に簡易な網を貼り、さきほど引き揚げて見たら何匹か収穫があったそうです」
「本当?」
 オリヴィエの声が一層明るくなる。ジュリアスも笑顔を返す。
「魚が釣れたことも嬉しいのですが、水夫たちが言うには、良い漁場だそうで、何かしら人の気配がすると言うのです」
「人の気配?」
「ええ。勘のようなもので曖昧なんですが」
「食べるために魚を捕っている人……がいるんじゃないかと、言うこと?」
 オリヴィエの言葉にオスカーは頷く。
「ジュリアス、本当に陸が近いんじゃない? ねえ、オスカー、さっきジュリアスもコツに似た鳥を見たらしいんだよ。文筒を付けて飛んでいたわけではないようだけど、コツなら陸地があるはずだろ?」
「そうか。やっぱり陸が近いんだ」
 オスカーは嬉しそうに頷いてジュリアスを見る。
「だが、それだけにこれから先は、油断は禁物だ。陸地があり人が住んでいるとして友好的な民だとは限らないし、我らが侵略しにきたと思い、先制攻撃を受けるかも知れぬ」
「そうですね、浮かれていて軽はずみな行動はせぬよう皆にも申し伝えます」
「それと魚の捕獲は最小限に留めるようにと。もし西の民の漁場であるなら、我らは既に侵していることになる。捕獲した数を記しておき、賠償が必要な場合に供えるように」
「はっ。すぐに申し伝えます」
 オスカーは、一礼し去っていく。その後、ジュリアスとオリヴィエは、再び海と空を見つめていた。水平線に目を凝らして、日が暮れるまで、ずっと。
 

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