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ダダスで停泊した列車は翌早朝、スイズへと出発した。束の間ではあったが、狭い車内から開放されたことは第一騎士団やジュリアスたちに良い休息となったようだった。列車は、街中を抜けて、再び、人家の少ない地帯へと入って行く。前方に山々が連なっているのを見たオリヴィエは、頭の中で地図を思い描く。ダダスの隣にルダがあったことを思い出すと、「そうだ、ところで、戦争の張本人とも言える中の王子アジュライトは、生かして貰った以上、ルダをちゃんと復興したんでしょうね？ 結局、ルダはどうなったの？ 期限は五年なんでしょ？」とルヴァに尋ねた。その気がかりは、ルヴァの気がかりでもあった。事実上の戦場と化し、ただでさえ貧しかった国土はさらに荒れ、国としての機能を失ったルダ。故郷の村はもう無いけれど、それでもルヴァにとっては生まれ育った国である。
「どんなに政策を講じても、戦争の被害が大きかった南部は、その砂漠化のせいもあって、今尚、復興は出来ていません。アジュライト王子は、着任してすぐに南部を切り捨てる策を取りました」
「そんな……」
オスカーとオリヴィエが同時に呟く。だが、その横ではジュリアスが頷いている。長きに渡って大国の王として各地を治めていた彼は、時に非情な決断をせねば前に進めぬことを嫌と言うほど知っている。
「結果としてそれで良かったのです。アジュライト公は南部の人間を被害の少ない地方へと移動させ、荒れた土地の回復に努めました。耕す土地があればなんとか人は生きられますし、人口の増えた村や町は活気づきます。元の王都のあった場所は、小さいながらもかつての姿を取り戻し、ルダ音楽院も、リュミエールの出身校だということで箔が付きスイズからの貴族層の留学生も増えていると聞きます」
「それでは、ルダという国は存続できるんですね？」
ホゥヤンという小国の出身であるオスカーは、やはりそこが一番、気になるところらしい。クゥアン領となったのは不幸なことでは無かったと信じてはいるが、それは、ジュリアスという賢王の元であったからこそだとも思っている。
「いいえ。もう国としては無理でしょう。これ以上は望めないほどに、アジュライト公は頑張ってくれたと思いますが、むしろダダスかスイズの属領となった方が、この先は民の為には……」
ルヴァは首を振った。
「それで、スイズかダダスかどちらの属領になったの？」
「まだ正式決定はなされていません。リュミエールとの関係を思えばスイズでしょうし、地理的にはダダスですし。先頃成された民の投票でも結果はどちらとも決めがたいものでした。けれども、恐らくは、ダダス領となるでしょう。
民の間にスイズに対する恨みが根強く残っていますし。ただし切り捨てられた南部は、スイズかあるいは、教皇庁管轄地にする
、という条件で。ルダ中部と北部がダダスに含まれれば、土地面積に於いてダダスがスイズを上回る大国になりますが、国内に教皇庁を持つスイズとの均衡を考えると、丁度良いくらいでしょう。これは、リュミエールから聞いたことですが、アジュライト公が自らリュミエールにそう提案したそうです」
「ほう」
とジュリアスたちは同時に感心した声をあげた。
「戦争を仕掛け、卑劣なやり方で弟であるリュミエールまでも陥れようとした男とは、とても思えないですね。ルダを強引にスイズ領とすれば自分は領主のままでいられたでしょうに、ダダス領となれば退くしかないでしょう？」
「そうだよね。いかに改心したとはいえ、ダダス側にとっては、戦争の首謀者だった彼に対する恨みもあるだろうし、いかに敏腕だったとしてもこのまま続けて領主でいるってわけには
いかない」
「アジュライトは今後、どうするつもりなのだ？」
「スイズ国内には、監禁状態は解かれたものの、一線から完全に退いた前王と妃、その子である上の王子がいますし、民は今もアジュライトの事を良くは思っていません。彼の帰るところはスイズにはないのです。リュミエールもそのことに心を痛めていましたが、アジュライトは、ルダ南部へと行くことを希望したのだそうです」
「自ら切り捨てたルダの南部へ？」
「砂漠化も進み、人の住むにはどうかと思われる所ですが、幾つかの鉱山はまだ生きていますし、点在する村もまだあります。何より、この大陸横断列車の路線が近くにある……交通手段を確保できますから、それをなんとか利用し復興できないかと考えているのだそうです」
「やりがいのある仕事だな。その者は、やはり指導者としての才がある男なのだろう。そして、その彼を生かしておく決断をしたリュミエールも賢王だったのだろう」
「でも……もうすぐルダという国は無くなっちゃうんだね」とオリヴィエは気の毒そうに呟いた。
「ええ……」
と返事をしてから、ルヴァはチラリと車窓の外を確認した。故郷にほど近い見慣れた地帯を今、走っている。アジュライトによって無惨に荒れ果てたままの南部が再び、些やかながらも季節の花々を咲かす土地に生まれ変わってくれるのなら
、ルダという国が無くなったとしてもそれでいい……と思うのだった。
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