第二章 再 会

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 ルヴァが一通り、西で一般に語られている聖地について、話し終えた時、ジュリアスたちは、別にどうという表情もせず、言葉すらも返さなかった。かろうじて、オリヴィエだけが「ふうん」と小さく言っただけだった。
「私たち西の民は、例えば、目には見えなくとも空気というものがあるように、聖地という存在を信じているんです。空気と同様、それが無くては生きてはいけないものだと」
「貴方もそれを信じているの?」
 オリヴィエは、ルヴァの目を見つめて言った。
「……ええ。ずっと信じてきました。そういうものであると……」
 どこか歯切れの悪いルヴァの答え方に、ジュリアスが反応する。
「教皇は何故、そなたを我らに遣わせた? この道中に説明しておかねばならぬことがあるなら、全て話して貰いたい。我らにとっては、理解し難いこともあるだろうが、出来うる限り、まずは黙って聞こう。我らは、識るために西に来たのだから」
 ジュリアスはきっぱりとそう言い、挑むような目つきでルヴァを見た後、スッとその視線を外した。
「この人、結構、短気なのさ。でも、本当によけいな配慮はして貰わなくていいんだよ」
 オリヴィエが、ルヴァに微笑みかけると、彼の横に座っているオスカーも深く頷いた。
「聖地……かどうだかは知らないが、何か見えないモノが俺たちの人生に深く関わっている気はしているんだ。例えば、これ……」
 オスカーはそう言うと、腰に着けていた鞘から短剣を引き抜き、ルヴァに見せた。彼が炎の中、命がけで持ち帰った剣を、ジュリアスが造り直させたあの短剣だった。柄と剣身の交差する所に取り付けられた金枠に濃く赤い石の飾りが映えている。続いてオリヴィエが、自分の襟元から鎖を手繰り寄せ、その先に 付いてる同じ金枠と薔薇色をした石のペンダントを見せる。  
 最後にジュリアスが、薄絹の長上衣をふわりと持ち上げて、その下の衣装の肩先につけてある夜空に金色の砂が散ったように煌めいている青い石の飾りを見せた。
「これは、別に揃いで作らせたものではないのだ。実は、これは……」
 と説明しようとしたジュリアスは、ルヴァの目が潤んでいるのを見た。
「あれ? どうしたの? どうして泣くの?」
 オリヴィエも驚いてルヴァの顔を覗き込む。
「とても驚いたものですから……涙が……」
 涙が頬を伝う前にそれを拭うとルヴァは、穏やかな微笑みを見せた。
「ちょっと待ってくださいね……えっと」
 ルヴァは自分の荷物の中をごそごそと探りだす。深緑の布を貼った小さな箱を取り出すと、その中味を列車の振動でガタガタ揺れているテーブルの上にそっと置いた。
 ずっと以前にフローライトから貰い受け、自分のものとなった緑色をした石の付いた襟止め……。
「!」
 今度はジュリアスたちが驚く番だった。彼らが息を飲むのがルヴァにも伝わってくる。
「これって……」
 オリヴィエが口元を押さえて驚いている。
「一緒……ですね。貴方たちのお持ちになっているものと。寸分違わず同じ金枠ですね。クラヴィスもリュミエールも同じものを持っているんですよ。石は違いますけどもね」
 今夜は晴れている。星も美しく見えるだろう。聖地もいつものように煌めているはず……残念ながら小さな車窓からでは、聖地が見えない位置になっているけれど、 次に停まるダダスの駅では夜に停車するから、聖地を見て貰える機会があるはず、この古ぼけた装飾品の持つ特別な力を判って貰える……、とルヴァは思い、テーブルの上の自分の襟止めを手に取った。
「たぶん貴方方も、私たちと同様、偶然とは言えない出逢いがあったのでしょうね? この同じ金枠を持つ石との……」
 しみじみとルヴァが言うと、ジュリアスたちは、何かを思い出すような目をして、同じ様に頷いた。
  夕陽は傾き、赤かった空は、深く美しい紫紺へと変わりつつある、その時、彼らの隣室の客室が俄に騒がしくなった。客室係りの者が食事を運んで来たようだった。すぐにジュリアスたちの客室にも、ごく簡単なものではあるが食事が運ばれてきた。
「東では食べながら話しても失礼になりませんか?」
 ルヴァの問いかけにジュリアスは笑って頷く。
「でも、ともかく食べましょうよ。もう俺は空腹で死にそうなんです。何で、ただ座ってるだけなのに、腹が空くんだ? この列車って。ますますわからん仕組みだ」
 オスカーは真面目な顔をして言う。ルヴァはその言い様が可笑しくて吹き出しそうになる。
「まったくだな。この座席から伝わる振動が、騎乗してる時のそれと似ているからでは?」
 ジュリアスまでもが真顔でそう答える。
「あ、そうか。馬に乗ると腹が空く、それと同じか……遠出をした時など、やたら腹が減りますからね」
「うむ」
 オスカーとジュリアスが、納得し合っている間に、今日の糧に短く祈りを捧げたオリヴィエが既に食べ物を口に運んでいる。
「あ、先をこされた……、ちくしょう」
「ちくしょうだなんて、下品な王子様だね、まったく」
「王子って言うな! それに感謝の祈りもそこそこに食べるほうが下品だろ?」
「そなたたち、やめぬか、ルヴァ殿が呆れておられるぞ」
 ジュリアスたちはお決まりパターンを楽しむように言い合う。その姿に、ルヴァは、クラヴィスとリュミエール、そして自分の姿を重ね合わせた。外見はまったく似てはいないのに、どこかしら通じるものがあるのは、“あの石”のせいだけではないような気 がする。自分の理解を超えたところにあるものを共に探ろうとしている仲間意識のようなものかも知れない……とルヴァは思うのだった。
 

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