第二章 再 会

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 夕食の間は、ジュリアスたちもルヴァも、意識して双方の食文化の違いなど、軽めの話題に花を咲かせていたが、テーブルの上から食器類が下げられた辺りから、話題は、ジュリアスが、 まだ若くしてクゥアン王となった経緯へと移った。そして、モンメイ侵出によりオリヴィエと出逢った事、そのオリヴィエの生い立ち……へと話は進んだ。彼らが出逢った後、大山脈の向こうへの興味を抱きつつ過ごしていた様は、クラヴィスとリュミエールと共に鉱山地帯から教皇庁を目指していた道中での事をルヴァに思い出させていた。
 就寝前の飲み物が配られる時刻になっても話は続き、クゥアンの王であるツ・クゥアンと、ホゥヤン領主の陰謀により、ジュリアスの王位が狙われ、その足がかりとしてオスカーが 、罠に嵌められたことにまで及んでいた。
 ルヴァの中で、ツ・クゥアン卿やオスカーの父であるロウフォンのイメージが作られていく。ツ・クゥアン卿は、クラヴィスを亡き者にしようとしたジェイド公に、 ロウフォンは、もうすぐ義理の父となるベリル公にどことなく似たところがあり、彼らの面影と重なっていくのだった。
 ジュリアスたちが、インディラから西へと出航し、魔の海を越え、なんとかこの地に辿り着くまでの話が終わった時、時刻は、隣の客室から、第一騎士団の者たちの豪快ないびきが聞こえてくるほどの深夜になっていた。そこで彼らは、ようやく話を一旦打ち切りとし、各々に用意された簡易な寝台へと入ったのだった。

 翌朝も快晴の中、列車は次の停車駅であるダダスへと向かっていた。第一騎士団の者たちは、打ち揃ってジュリアスたちに朝の挨拶にやって来る。列車の客室の隣にいるのだが、普段している形を変えず、年長者のラオを筆頭にずらりと並んで胸に右手を置き、威勢良く「おはようございます」と声を揃える。深夜遅くまで話し込んでいたジュリアスは、寝不足でぼうっとした表情のまま、「うむ。お早う。今日も良き日となるよう……」と答えた。オスカーとオリヴィエも、嗄れた声で、同じように挨拶する。
「何ですか、皆様。ジュリアス様までこの有様とは。夜更かしが過ぎましたなあ」
 とラオが呆れた顔をしている。
「ふぁぁ……騎士団の者たちはどう? 列車の揺れで寝られなかったんじゃない?」
 オリヴィエは、目を擦りながら言う。
「なんの。皆、ぐっすりですじゃ。じゃが、寝台が狭もうて、寝相の悪い若い連中は、何人か転げ落ちたようじゃ。そういう儂も腰が痛とうて。歳には勝てませんのう。わっはっは、さ、挨拶は終わりじゃ、各々、持ち場に行くんじゃ」
 ラオは豪快に笑いながら、騎士団の者たちと引き揚げていった。
「良い方たちですね。慣れぬ環境でも文句ひとつ言うどころか、皆、出来る事を見つけようとなさっています」
 騎士団の者たちは、教皇様の客人という立場を利用し、列車の仕組みに興味のある者は、車掌の横に貼り付くようにして様子を見ているし、車内にある厨房に入り込んでいる者もいる。ヤンのような若い者は、貨物車両の空いた場所を利用して体が鈍らないように剣舞の型を繰り返し練習している。ジュリアスを筆頭にして、皆、驚くばかりの積極性と自主性を持ち合わせているとルヴァは思う。漁村に居残った水夫たちにしてもそうだった。ルヴァは感心してそ のことを言った。
「未知の西へ行こうって言うんだもの、皆、好奇心旺盛なんだ。っていうか楽観的?」
「行けばなんとかなる……ってな。で、行ったかぎりはタダでは帰らん……と」
 オリヴィエとオスカーが笑い合う。その時、ちょうど客室係が朝食を運んで来た。良い香りを放つお茶が教皇庁特製のものだとルヴァが説明すると、それを飲みながら、話は自ずと教皇庁とクラヴィスのことになった。聖地について、何かしら想像すらしえぬもの……と思っている彼らにとっては、教皇という存在であるクラヴィスもまた得体の知れぬ存在であるようだった。
「今日は、貴方たちの事を詳しく教えてくれるよね? ワタシたちが出逢ったように、ルヴァ殿と教皇様、それと……スイズの王だっていう……ええっと、どなただっけ?」
 まだ朝食の食器も下げられていなかったが、オリヴィエが待ちかねていたように言い出した。
「リュミエールですよ。さて……どこから始めましょうか……」
 ルヴァは、やはりクラヴィスの事から話すべきか、それともジュリアスと同じく大国の王家に生まれたリュミエールの事からにした方が、取っ掛かり易いのでは……と思案する。
 そんな彼に、ジュリアスが言った。
「では、まずルヴァ殿、そなたの事が聞きたい」と。
「そうだね。ルヴァ殿は、自分は平民だと仰ったけれど、崇拝されてる教皇や大国の王を呼び捨てにするほど懇意なんだものね。何か理由があるのでしょう?」
「俺もお聞きしたいなあ。大学という学問所の事も。東のそれとは随分、違うようですね」
 三人の視線が、ルヴァに集まると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「私の事ですか……。それじゃあ、まあ。ええっと……そうですね……。次の停車駅のあるダダスと、そのリュミエールのスイズ国との間に、ルダという国がありました。歴史は、ダダスやスイズに匹敵するほど古い国ですが、国内の砂漠化を食い止められず、長年に渡って隣国ダダスの経済的援助で、なんとか国としての対面を保ってきました。その中でも特に貧しい南部地域の鉱山の麓にある小さな小さな村が私の故郷でした……」
 ルヴァは静かに語り出した。それまで、のんびりと楽しげな雰囲気で話していた彼の口調が、何故かもの悲しげに聞こえ、ジュリアスたちは、“おや?”と思う。貧しい村人たちの期待を一心に受けて片道だけの路銀を持ち、ダダス大学へと向かったことをルヴァは語った。そこで賢明に勉強し、晴れて文官見習いとしてルダ政府に入り、音楽院に留学 中だったリュミエールの教育係になったことまでを一気に話したルヴァは、醒めたお茶を口に一息ついた。
 ジュリアスたちは皆、恵まれた環境で育ってきた。何かをしようする時、それを経済的な理由で、阻むものはほとんどなく、そこに政治的な思惑が絡まぬ限りは、ただ自分の意志の通りに前進すれば良かった。星の灯りを頼りに、木の根を噛みながら 、飢えに耐えて書物を読んだことなどありはしない。彼の努力を思うと、自ずと頭の下がる思いがし、無口になる東の者たちだった。
 喉を潤したルヴァは、ついに戦争へと突入したスイズとダダスの状況と絡めながら、ルダでリュミエールの置かれていた状況を話し出した。王座を争っている兄王たちとそれぞれの母親から軽んじられ、あたかも道具のように扱われていた様を。大国同士の争いに否応なしに飲み込まれて戦場化しているルダの様子に、ジュリアスたちは、眉間に皺を寄せながら聞き入っている。ルダの文官として故郷へと出向いたルヴァを追って来たリュミエールの行動が、中の王子アジュライトに利用され、敵軍によるリュミエール拉致・暗殺の噂となって流された件では、オスカーが思わず、「なんて卑劣ヤツだ!」と怒りを露わにした。
 そこから先は、ルヴァにとっては、故郷の崩壊へと至る辛い話へと続く。一人きりでいる時、ふと何かの拍子に故郷と大切な人たちの事が思い出されることがある。あれから五年が過ぎた今でも、失われた命を思うと涙が滲んでくるルヴァだったが、努めて冷静に、客観的に語り始めた。その後に続く、スモーキー一行との出逢い、そして鉱山事故と、ひっそりと鉱夫として生きていたクラヴィスとの事、教皇庁への逃避行を……。 その道中で体験した様々の事。とりわけ、自分たちが持つあの石が、聖地を見せる特別の力があることに気づき、そんな石などなくても聖地を見ることが出来るクラヴィス同様、自分とリュミエールも、聖地が見えるようになっていた事……。
「それではそのサクリアというものが、そなたの中にもあるということになる」
 ジュリアスの言葉に、ルヴァは頷いた。
「そういうことになりますが、自分ではよくわかりません。クラヴィスのように、この地の負の感情を背負った悪夢を見るわけでもないですし。本当の所、私にもリュミエールにもクラヴィスにも、判らないことの方が多いんです」
「ねえ、この石を持ってるってことは、私たちにもその聖地って実は見えるんじゃない?」
 オリヴィエは、首筋の鎖に触れる。
「ええ。それを手にしていればどんな人でも聖地が見えます。その中には、聖地よりの力……サクリアが封じ込められているんじゃないか……と私たちは思っています。そして、その持ち主である貴方方は、既に……」
「サクリアがその身に存在すると?」
 ジュリアスは、自分の胸元に手を置いた。考え込んでいたオスカーが、「ジュリアス様、ほら、あの漁村で見たやけに大きいギラギラした星! あれのことじゃありませんかね?」と、思い出して言った。
「ああ、あれか……。そうかも知れぬ。大きな美しい星だった」
「既にご覧になっていたのかも知れないんですね。ダダスで停泊する時に、一緒に確かめて見ましょう」
 ルヴァはそう言い、話の続きを本筋に戻した。教皇庁へ駆け込むだけのつもりが、決起した民と共にスイズ王城への動乱へと先陣を切っていくことになった経緯を。
 オリヴィエのように身振り手振りをつけて、時には、スッ……と息を抜くように上手く語るのでも、オスカーのように、喜怒の感情を隠さず話すのでもなく、ジュリアスのように時折、自身の考えや気持ちを 上手く織り込んで話すのでもなく、ルヴァは、飾り気ない言葉で淡々と話す。そんな彼の姿に、それまでの印象とは違う芯の強さをジュリアスたちは感じていた。

「結局、民の事を考えないとこうなるのさ……」
 ダダスとの戦いに優位に立っていたはずのスイズが、圧政に苦しむ国内の民からの暴動で崩れていく様を聞いて、オスカーは、納得したように言った。
「リュミエールも頑張ったねえ。クラヴィスもさ……」
 オリヴィエの中では、まだ見ぬ彼らのイメージがしっかりと出来上がっていた。最初から知っていた友人のように、自然とその名を口にしていた。
「そなたたちの出逢いを思うと、あまり好きな言葉ではないのだが、運命……を感じずにはいられぬ」
 腕を組んだまま、ジュリアスが呟いた。
 生まれた時から、自分は王道を歩いてきた。道はそれしか無かったけれど、歩かされてきたと思ったことは無い……とジュリアスは思う。日の当たる道の真ん中で、ふと立ち止まったことはあっても、そこから逃れたいと思ったことはない。けれども、この大陸の最高位にあるリュミエールもクラヴィスも、 突然、中央を歩けと木陰の野道から引っ張り出されたようなものだ。ジュリアスは、この二人が突然背負うことになった責務を思うと気の毒かも知れないと思う反面、大きなものを担うそれだけの器が 彼らにあったからだとも思う。
“そして、彼もまた小国の文官で終わる器ではなかったということであろう……”と、ジュリアスは、目の前のルヴァを改めて見た。
 
「スイズ王城の動乱……と俗に呼ばれた王権交代の一連の事件から五年以上が過ぎ、この大陸全土は安定しています。タダスとスイズの関係も、リュミエールが王になったことで落ち着きましたし、不透明だった管轄地の鉱山の管理もスモーキーが、しっかりした組織作りをして不正の出来ない体質を築き上げたようです」
 そして、ルヴァは、この一日をかけての長い話を締めくくるようにそう言うた。
 

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