第二章 再 会

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 小さな漁村の村長からもたらされた一報は、付近に駐在している役人から、この東のフング荒野地帯で最も大きな町であるガザールにある教皇庁の役所へと届け出られた。
“東からお客人が来た!”
 辺境の小さな役所内は、大騒ぎとなったが、それもまた“お客人”のそのものよりも、“教皇様の仰った通りになった”ことへの驚きによるところが多い。
「ともかく、一刻も早く、教皇様にお伝えしなくてはならん」
 ガザールの地区長は、時計を見る。午後を少し回った所だった。大陸横断列車の終着駅があるこの町では、有事の時の為に予備の車両を供えてある。列車は今朝、スイズの都に向けて出たばかりだった。次に列車が入ってくるのは 明日の昼。所長は、迷わず、臨時列車を出すことに決めた。途中の駅を全て飛ばして教皇庁に向かわせるつもりだった。地区長は、その事を若い部下に言い付けた。
【教皇様からのおふれ】には、東からの客人があれば、何を置いてもすぐに知らせる事、と同時に、もうひとつ指示されていることがある。
“はて……、一体、どういう繋がりがあるのか?”と、地区長は思いながら、東から客人が来たことについての書状を二通したためた。一通は、教皇様に、もう一通は、ダダス大学の教授であるルヴァに出すために。

 その朝、いつものように大学内にある研究院にやって来たルヴァは、何やら自分の部屋の辺りが騒がしい事に気づいた。扉の前で、遺跡の発掘を手伝ってくれている学生が、見知らぬ二人の男に話しかけられている。
「あの〜、一体どうしたんです?」
 おずおずと男たちの背後から声をかけたルヴァに、助手の学生が、「ルヴァ先生、この方たちが……」と、ホッとした様子を見せた。
「では、貴方が、ルヴァ様!」
 振り向いた男たちは、頭を下げた後、ガザール地区長からの書状を差し出し、「時が参りました。我らとご同行下さいませ」と告げた。胸につけてある神鳥の紋章が彼らが、教皇庁の役人である事を示している。
「え……」
 と短い驚きの声をあげた後、ルヴァはその書状を開き、目を通した。
「そうですか。いらっしゃいましたか」
 ルヴァの呟きに、役人たちは頷く。事情の飲み込めない助手の学生だけが、きょとんとした顔をして双方を見つめている。
「判りました。すぐ支度をします」
「では、我らは正門の付近にて馬車を停め、待機しております」
 役人たちが、その場から去って行った後、ルヴァは、助手の学生を使いに出した。
「学長の所へ行って、私の休暇届けを出して来てください。お客人の事で出掛けねばなりません、と言って下さい。前もって、話してありますからそう言えば判ります」、と。
 助手の学生が首を傾げながら去った後、ルヴァは、差し当たって必要なものだけを鞄に詰め、正門へと向かった。黒塗りの立派なな馬車が停まっており、教皇庁の役人たち が立っている。彼らはルヴァがやって来たのを確認すると、馬車の扉を開けた。
「お待たせしました……あ、少し、待ってください」
 馬車に乗り込もうとしたルヴァは、先ほど使いに出した学生が、向こうから慌てて掛けてくるのを見つけて立ち止まった。
「学長にお伝えしました。ご苦労様、気を付けて行ってらっしゃい……と、伝えてくださいと、仰っていました。あの……ルヴァ先生、どこかに行かれるのですか? いつ戻られるのですか?」
 学生は、息を切らして、不安げな顔で言った。
「教皇様の大切な御用でね、出掛けるんです。仔細はまだ話せません。戻るのは……」
 先に交わしてあったクラヴィスとの会話を、ルヴァは思い出す。
 
“……もしその時が来たら、東からの客人を出迎えて、教皇庁まで連れて来て欲しいのだ”
“私に?”
“海からやって来るにしても、山からにしても、東の辺境地帯にまず着くのだろう。ダダスからは近い。それに客人は……”
 教皇庁の役人ではなく、友であり、同じ聖地が見える者である自分にそれを託した理由をルヴァも判っている。
“あの声の主か、もしくは関係する人物……、と貴方は思っているのですね?”
“ああ。違うかも知れないが、不可侵とされた東からやって来るのだ。何か聖地との係わりがある者たちかも知れないとも思う。客人を出迎え、大陸横断列車を使って教皇庁まで案内するその道中、必要があれば、西の大陸のことや、聖地の事を説明して欲しいのだ……”

「ルヴァ先生、どうされましたか? あの……お戻りは……何時?」
 学生は不安そうな顔で再度、尋ねる。
「あ、すみません。そうですね……十日……いえ、もう少しかかるかも知れません。教皇様のご都合もありますから」
「あの……前々からお聞きしたかったのですが、ルヴァ先生と教皇様とは、どこでお知り合いになられたのですか?」
 まだ少年でも通じるような若い学生の心配顔の中に、好奇心の満ちた表情が覗く。
「教皇様が、まだ皇子様の頃に少し……ね。お忍びで旅をされていた時に、お逢いしたのですよ」
 学生は、ちょっと考える風をしたかと思うと、「あ」と言って手を打った。
「判りました。ルヴァ先生が、ルダで、リュミエール王を教えてらした時に、ご紹介で逢われたのでは?」
 当たらずと言えども、まあ、遠からず……ですかね……、ルヴァはそう思いながら曖昧に頷く。東からの客人の事は、現時点では秘密裏に動くことになっていたし、これ以上の詮索はあまりして欲しくないと感じていたルヴァは、はっきりと声に出して「ええ、そうですよ」と 答えた。学生が納得して頷いた時、教皇庁の役人が、ルヴァを促すようにチラリと見た。
「では、行って来ます」
 ルヴァがそう言い馬車に乗り込むと、続いて役人二人も乗り込んだ。教皇庁の馬車は、ダダス大学の正門から、街中を抜けて大陸横断列車の駅へと走っていく。ダダス駅から終着駅であるガザールまで行き、そこから一時間ほど南下した小さな漁村が目的地だと 役人は、ルヴァに説明する。ルヴァは、先ほど役人が持参した書状を再び広げた。
 三人の身分の高い者とその護衛の武官のような者たち、航海士と水夫たち合わせて総勢五十人ほどで、粗末な船が一艘だけでやって来たこと、言葉は通じ、野蛮な雰囲気は見られないとの事が記されている。
「教皇様にも、これと同じ書状を?」
 ルヴァは、隣に座っている役人の尋ねた。
「はい。ガザール地区長が、手筈通りに、二通用意されまして、もう一通は、教皇様の元へ。大陸横断列車の臨時列車を出しましたから、明日か明後日には、教皇様にお届け出来ると思います」
「そうですか……」
 身分の高い者たちについての記述がもう少し書かれていれば……と残念に思いながら、書状を折り畳む。一刻も早く彼らと逢い、クラヴィスの元へ連れて行きたいと、気持ちばかりが焦るルヴァだった。
 

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