第一章 

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サファーシス……と、セレスタイトは心の中でもう一度、呟く。故郷のことだと言われても、まったく馴染みのないその名前を。
「お前の召還が、極めて異例のことだと前にも言ったよな。それは、サファーシスと聖地の関係が、特異なものであることが関係する……」
 神妙な顔をして話し出したノクロワの言葉を継ぐようにして、シャーレンが、ふうっと息を吐いた後、やんわりと話し出した。
「ここの所、奇妙な夢ばかり見ると言ってただろう?」
「ああ。それと、私の故郷……サファーシスと何か関係が?」
 シャーレンは、何かを含んだ曖昧な表情をして頷いた。
「んーー、サファーシスがセレスタイトの故郷だから夢を見た……って事じゃない。たまたま故郷なだけ……と考えたほうがいいかな。聖地に上がった守護聖は少し落ち着くと、貴方と同じように夢を見るんだ。過去の聖地に纏わる夢を」
「聖地に根付く念のようなものを無意識のうちに感じるのだろう。悪いことではない、聖地に慣れてきた証拠のようなものだ」
 ゆったりとした姿勢のままノクロアがそう言うと、セレスタイトは少し気が楽になった。
「セレスタイト、お前は、首座の守護聖だから、聖地の事を誰よりも把握していて欲しいのだ。それに今後の大切な使命の事もあるしな。で、今日は私とシャーレンが来たわけだ」
「ノクロワ、話が長くなる、寝室に行こう。立ったままじゃ、彼、辛いだろう」
「そうだったな。セレスタイト、私室へ戻ろうか」
 ノクロワが立ち上がると、シャーレンは、セレスタイトの背中を軽く押した。やはり何か深刻な話があるのだ……その雰囲気を感じ取ったセレスタイトは、黙って頷き、彼らと共に 、光の館の奥にある私室へと戻った。二人に椅子を勧めると同時に、自分も腰掛けようとしたセレスタイトを、シャーレンが止めた。
「横になった方がいい。奥の寝室へ行こう」
「大丈夫だよ」
「ううん、横たわってくれた方が安全なんだ」
 シャーレンは真顔のままだった。セレスタイトは、言われるままに寝室へと入り、体を横たえた。
「これでいいのかい?」
「いいよ。じゃ、ノクロワ、続きを」
 シャーレンは、一番後から寝室に入ったノクロワに話の続きを促すように視線を送った。
「この宇宙……の概念についは理解しているか?」
 ノクロワは、ベッドの側に椅子を引き寄せながら言った。術後の療養期間の中で、セレスタイトは様々な文献から知識を取り入れていた。書物といった彼にとっては馴染みの方法からのみでなく、王立研究院のマザーコンピュータから繋がった端末機からも。その仕組みは、今の自分では、考えても理解の範疇を越えると判断した彼は、ただ素直に受け入れることにした。
「ああ。漠然とではあるが……。この宇宙の中心は主星という星であり、聖地はその主星の中にある。とは言っても特別の障壁で固められた違う場所に……ここらあたりは まだ私にはよく判らないが、ともかくも普通には行けぬ所にあるということだな。そして、その主星の回りに、さらに多々の星々があり、皆、聖地の関与の元に生きている……」
 セレスタイトの答えは、どこかの文献に拠った、通り一遍のものでしかない。 宇宙のことも、聖地のことも、光のサクリアのことでさえ、今のセレスタイトには、まだしっかりとした実感がなく、何かの神話に出て来る一節のような感覚でしかない。
「じゃあ、サファーシスについてはどう思ってる?」
 教師が生徒に質問するように、シャーレンが問うた。
「どうって……? 聖地の関与がある星のひとつなんだろう?」
 セレスタイトは、二人を交互に見ながら言った。二人は同時に首を横に振る。
「太陽が昇り、沈むと夜が来て、星々が見えていた。コンピュウタアとかいう知識の詰まった機械で星の動きの画像を見た。それに当てはめると、私の故郷は、どこかにある星……惑星のひとつということになるけれど?」
「今のサファーシスは、惑星……のようなもの、惑星に似せて作られたものだよ」
「作られた……?」
「ずっとずっと昔の、何代も前の女王陛下の御代のこと……。女王候補が、二人挙がり、女王試験が行われた……」
 シャーレンが話し出すと、女王試験がどういったものであるか、やはり知識としては既に判っていたセレスタイトは頷いた。
「ある場所にある、ひとつの小さな惑星を元にして試験は行われた。頃合いの地形をしていたからそこが選ばれた」
「頃合い?」
「うん。東と西にほぼ同等の地形と広さを有する大陸があって、その間に海峡がある理想的な形のね。聖地としては、その海峡の一部に手を加え、中の島を創るだけで良かったから。それぞれの大陸を女王候補に育成させてどちらがより資質があるか試そうとしたんだ」
 シャーレンは、このまま話し続けていいのかを打診するようにチラリとノクロワを見た。彼は、ゆったりと椅子に腰掛けたまま頷く。
「東の大陸はルクゥアン、西の大陸はサファーシスと言う」
 自分の故郷がそのようにして作られたものだと言われ、セレスタイトは動揺を隠せない。
「けれど、東と西の間には大山脈があり、そんな海峡だの中の島などはない……」
 どこか別の所と違えているのではと、微かに期待してセレスタイトは呟いた。
「今はね。ずっとずっと昔はあったんだ。ともかくも、サファーシスを育成していた候補が女王となり、ルクゥアンを育成していた候補は、補佐官となった……ふう、何だか喉が渇いたな、これ貰うよ。続き、話 してよ、ノクロワ」
 シャーレンは、テーブルの上の水差しから勝手に水を飲む。仕方ないとばかりにノクロワは、姿勢を正し、座り直した。
「西のサファーシスに比べ、東のルクゥアンは、ある時期から育成があまり進まなかった。それは候補の力量の差の範囲だと思われたのだが、実はそうではなかった。故意に操作が為された結果だったのだ」
「何のために? 女王としての座をかけての試験なのだろう?」
「途中から女王になりたくないって思ったんだ」
 水の入ったコップを手にしたままシャーレンが言った。
「喉が潤ったなら、なりたくなくなった理由もついで言っていいぞ」
 ノクロアがそう言うと、シャーレンは肩を竦めた。
「その候補は、守護聖の一人に恋をしたんだ。考えた末、女王となるより、補佐官となった方が、愛する守護聖と接触しやすいと考えたんだ」
 セレスタイトは、納得できないような顔をする。宇宙を統べる女王の尊い試験に、色恋沙汰が関与しているなどとは考えられないと思ったのだった。
「いくら資質があっても女王候補はまだ若い女性だからね」
「だが、女王となるべき資質を持つ者なのに……。その責務を思えば自分の気持ちを優先するなどできないはずだ」
 尚も納得できないセレスタイトに、シャーレンとノクロアは二人揃って笑い出す。
「分かり易い性格だなあ」
「光の守護聖だから仕方がない」
 そんな二人の様子にセレスタイトは、ほんの少し気を悪くしたような態度をわざと見せた。だが、その場の張りつめた空気は、和らぐ事がない。
「彼女は、あえて補佐官になる道を選んだのだけど、聖地にあがって間もなくその想い人である守護聖は、任が解かれ聖地を去っていった……。結局、離れ離れ。貴方は自業自得、と思う?」
「いや……そこまでは思わない。それは、お気の毒なことだった……」
「その補佐官は、自分が女王試験で手を抜いたことを悔やみ、こうなってしまったことは罰なのだと感じた。そして、その後、補佐官としての自覚を持ち、しっかりと務めた」
「うん……やはり女王の資質を持たれていたお方なのだな」
 セレスタイトは、微笑んで頷いた。
「そんな風に貴方の故郷は作られたんだ。女王試験の終わった後は、その後の発展は、その星の民に委ねられた」
「最初はどうであれ、それでは、あまたの惑星と同じ……と考えて良いのではないだろうか?」
 セレスタイトは、シャーレンに問うた。
「……のはず、だったんだけど。西と東の発展の違いは大きくて、その後も様々な所でその歪みが出て来たんだ。西は東を、未開の地と見下すようになり、自分たちの植民地にしてしまった。西にある幾つかの国は、こぞって東の領土を巡って争いを繰り広げる」
 規模は違うがルダを巡ってスイズとダダスが争っていたことをセレスタイトは思い出す。あの戦いは終結したのだろうか? ダダス軍に拉致されたというリュミエール王子の命はどうなったのだろう? そして、クラヴィスは……?
 聖地に来て以来、自分の中で封印していた心配事が、一気に彼の心に押し寄せる。黙り込んでしまったセレスタイトに、ノクロアが静かに話しかける。
「そうして、長い間、戦いの絶えない地になってしまった。自分たちの育成した地が、そのような有様になり、陛下も補佐官も心を痛めた。補佐官は、自分のせいで大陸の発展に格差が出来てしまったことが原因だと 、嘆き悲しんだ。 けれど、自分たちの手で星の運命を動かすことの出来る民のいる星は、聖地にとっては、見守る対象でしかない。陛下や守護聖は、その星の指導者ではないのだから、関与することは出来ない」
「けれど、かってはその手の中にあった所ではないか? なんとか手だてはなかったのか? ……いや……わかっている。すまなかった、つい……」
 多くの星がこの宇宙にあり、目を覆いたくなるような状況に置かれている星がどれほどあるか……その事をセレスタイトは、やはり、知識としてではあるが既に知っている。サクリア……その力を正しく保ち、陛下のお力の元、遍くこの宇宙に行き渡らせることこそが最善なのだと、知ってはいる。

「長い暗黒の時代の末、まるで、手のつけられない状態を一掃するように、彼の地に、大規模な地殻変動が起こったんだ」
「チカク……変動?」
「判らない? こんなことだよ」
 シャーレンは、セレスタイトの手を取り、強く強く彼の瞳を見つめた。セレスタイトの中に、揺れながら裂けていく大地、崩壊する建物が映る。咄嗟にセレスタイトは、 半身を起こし、シャーレンの手をはねつけた。一瞬ことだが、その恐ろしさに胸が締め付けられ、セレスタイトの呼吸は荒くなる。
「な、何なんだ……今のは……? それも……聖地の科学力が成せる技なのか?」
「突然、ごめん。これは科学の技ではなく、僕の持つ力なんだ」
「夢の守護聖の持つ力?」
「ううん、違う。確かに、歴代の夢の守護聖には、こういった力を持つ人が多いけれども、限ったことじゃない。自分の中にあるものを、それを他の人に見せること……子どもの頃から、僕はこの力を持っていたんだ」
「今の……崩壊してゆく世界は、過去の私の故郷の姿?」
「それも違う。今、見せたのは、僕の中に知識としてある地殻変動……地震の様子。でも、それに近いことがサファーシスにあったのは事実。もっと大規模なものが」
 シャーレンは、話しが本筋に入ったよ……と言うように、ノクロアをチラリと見た。
 

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