第一章 

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「最初の大きな地震によって、人工的に造った中の島辺りから、彼の地は寸断された。その後も大きな揺れは何度も襲ってきた。特に東の大陸ルクゥアンは、完膚無きまでに崩壊したのだ。その大半は海に沈んだ。ルクゥアンは、 何度も西の大陸に潜り込むように衝突し、海峡のあった部分を押し上げながら 、長年に渡って揺れ続けた。あの大山脈はその時の名残なのだ」
 ノクロワは、手振りを加えて説明する。
「大陸同士が衝突……そんなことがありうるのか……。何も知らなかった。我々の住んでいた土地にかってそのような事があったとは……」
 セレスタイトは溜息をつく。
「知らなくて当然さ。長い長い時を隔てた過去の事だから。それに、その地殻変動後と前とでは、ぜんぜん違う世界になったんだから。東に比べればサファーシスは、 辛うじて大地が残っただけまだましだった」
「それから彼の地は、静かになった……人も含めて、動物の気配も感じられぬほどに……」
「そんなことになっても、やはり聖地は、陛下は救いの手を差し伸べることはなさらなかったのか……何もできないんだな……守護聖も」
 ノクロアの言葉を遮って、セレスタイトは呟き、俯く。

 “聖地の庇護の元、この地は栄え続けるのです。心正しく、清くある限り。今、不作の年にあって、スイズとタダスの戦火も収まらぬこの中にあっても、我々が正しく生きようとする限り、聖地の救いが必ずあるのです……”

 父である教皇に代わって民の礼拝を受けた時に、そう語ったことをセレスタイトは思い出していた。 正しく清く生きることを説くのは間違いではない。だが、……聖地の救いなど期待させて説いてはならなかったのだ、大陸ひとつが失われるほどの災いでも救いの手はないのだ……と、虚しさで胸が詰まる。
 シャーレンが、彼の肩に手をそっと置いた。そして、彼の心の中を感じ取り、 「心を静めて……」と言った。
「そんな風になってしまった世界にも、僅かながら生き残った人々はいた。それが、今のお前の故郷の礎になった人々だ。命とは強い……強いものだ。また長い時をかけて彼の地の人々は、集落を作り、村を形成する。その時に沸き上がる人々の念のなんと凄まじい強さよ……。 その命の輝きは、陛下や守護聖の心に届くほどに」
 ノクロワの言葉に、セレスタイトは辛うじて頷く。
「それに、女王候補として彼の地に深く関わった陛下は、そのお力を終えられた後、サファーシスに降りられたんだ。補佐官と一緒に。この聖地から、食べ物さえも満足にない貧しい村が点在するだけの世界に……。ご自分たちが、神に等しきほどの力で育てられた世界を、今度は、ただの人間として、出来ることをするために」
「なんという……」
 セレスタイトの目に涙が滲む。
「ちょうどその直後から、聖地ではある問題が起こった。そして、その陛下の御代から、ずっと……我々、守護聖は、ある大切な事柄……を、見守り続けている」
 ノクロアは、ゆっくりと立ち上がり、セレスタイトのベッドの側にあるカーテンを閉めた。シャーレンは、半身を起こしていたセレスタイトの肩を押して、再び横になるよう勧めた。
「どうしたんだ? シャーレン? ノクロワ?」
「長い夢……、夢と言っておこう。これから、それを見て貰う。僕の中にある、長い記録を」
「さっきの……あの力によって?」
「そう。僕は前任の夢の守護聖から【記録】を引き継いだ。同じようなやり方でね。前任の夢の守護聖も、こういった力の強い人でね。そういう者が守護聖の中にいない時は、女王陛下から直接、教えて貰うんだ。陛下は代々、過去の大切な記憶を継いで即位されるから。そういう能力もお持ちなんだよ」
「私は、前の陛下から教えて戴いた。伝えると言っても、ただ話すわけではないから、大層疲れるものなのだという。今は、シャーレンの方が、陛下よりも、その力が強いのでな」
「では、私に見せようというのは、一体?」
「時は今、満ちようとしている。奇しくも、彼の地からお前は、守護聖としてやって来た。この後、光の守護聖として、もう一度、彼の地に向かうその時の為に、お前には見て貰わねばならぬものがある……」
「時が満ちる? 任が解かれるまで、もう二度と故郷の地を踏めぬのではなかったのか?」
「故郷として踏むのではない。使命を果たすために行く。それがたまたま、お前の生まれ育った地であっただけのこと。感傷は捨てて赴くのだ」
 ノクロワの言う意味が、セレスタイトには判らない。それを理解する為に、何を見せようと言うのか、何の記憶を継がせようとするのか、彼は不安の中にいる。
「この聖地の成り立ちに係わること……、この聖地の未来に係わること……、そして……彼の地のこと……」
 シャーレンは、セレスタイトの手に触れようとした。さきほど突然、見せられた地殻変動の恐怖から、思わず身が竦む。
「あ、ごめん、驚かないで。ノクロワ、やっぱり、貴方が先に落ち着かせてやった方がいい」
 シャーレンは、不安な顔をしているセレスタイトに微笑みかけると、ノクロワにそう言った。
「うむ。セレスタイト、私のサクリアを少し受け取れ。別名、居眠りのサクリアだぞ」
 愛想のない顔のままだがノクロアがそう言うと、シャーレンが戯けた顔で、吹き出す。二人が、少しでも緊張を解こうとしてくれているのがセレスタイトにも判る。これから何を見せられるにしても、それは光の守護聖と して受け止めなくてはならないことだ……と彼は、気持ちを奮い立たせる。
「夜更かしとか、居眠りとか、闇のサクリアには別名が沢山あるのだなあ。そう言えば、職務怠慢のサクリアという別名もあったっけ?」
 セレスタイトが、そう言い返すと、シャーレンは、彼の手を取って、ブンブンと振った。
「よく言ってくれた! さすが光の守護聖だ。そりゃ、ま、深夜に強く影響されるサクリアとは言え、まったくその通りなんだ。にしても、どこで知ったんだ? ノクロワのサボリ癖のこと」
「誰だったかな? お見舞いに来てくれた誰かが言ってた。執務室にいないから、ここに来ているのかと思ったらいない、アイツ……ま…た……さぼってるな……って…………」
 言い終わらないうちに、セレスタイトは、気が遠くなっていくのを感じていた。シャーレンに、自然に上手く触れられた手を通して、彼の中にあるものが自分の中に流れ込んでくる。先ほどとは違って、それは靄のように 緩やかに拡がってゆく感じだった。傍らのノクロアからは、僅かに闇のサクリアを感じる。
「夢の中の自分に抗わないようにね……」
「?」
 シャーレンのその言葉の意味が判らぬままに聞いた時、【夢】の中でセレスタイトは、既に見知らぬ処にいた 。

「セレスタイトは、【入った】よ。さすがに光の守護聖だな。前方から来るものは、必ず、まず見据えて受け止める」
 シャーレンは、眠っている……ように見えるセレスタイトの手を握りしめたまま、そう言った。
「そういう育ち方をしているのだ。サファーシスでは、教皇の皇子だったのだからな。私のようにひねくれて穿った見方はしないんだ」
「おやおや、素直だなあ。あ……ノクロワ……、ちょっと余裕なくなってきた。集中するよ……」
 シャーレンは、目をきつく瞑り、セレスタイトの手の上に覆い被さるように顔を伏せた。
「ああ、サポートしよう……」
 ノクロワは、さらに闇のサクリアで、二人を包み込む……。

  セレスタイトの意識は、途方もない過去に遡り、長い時をその【夢】……【記録】の中で過ごした。ある時には、過去の守護聖の意識と同化し、また違う瞬間には自身として、セレスタイトは【聖地】を知る。

 彼が目覚めた時、そこには、シャーレンもノクロワの姿も無かった。彼らが開けてから出て行ったカーテンから、明るい午後の日差しが部屋いっぱいに満ちている。セレスタイトは、大きく深呼吸する。心に掛かっていた靄が、すっきりと晴れていく。
 「彼の地……、私の故郷だったところ……。そして、ここ聖地……」
 体の奥底から静かに、だが確かに沸き上がってくるものがあった。光の守護聖のとして、己が再構築されていくのをセレスタイトは感じていた。


 

■第二章へつづく■

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