第八章 蒼天、次代への風

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   スモーキーたちを乗せた馬車は、スイズ城へと向かう。昨日、教皇庁へ向かっていた時のような緊張感はなく鉱夫たちは、馬車の窓を開け放ち、初夏の風を存分に、その顔に、体に受けていた。
 教皇庁とスイズ城を結ぶ街道は、もっともよく整備された道である。サクルとゼンは鼻歌まじりで流れゆく美しい風景を楽しんでいる。
「やっぱりまだ人は少ないなあ……」
 とゼンは大きな道路にそぐわぬ静けさにそう呟いた。
「昨日の今日だ、まだ王都の民は家の中に引き籠もってるんだろうよ、リュミエールが、新王になったことを知らせれば、すぐに活気は戻るだろうさ」
 スモーキーも、のんびりとした気分になって、ゼンやサクルと共に窓の外を眺めながら答えた。
 やがて昨日、皆が集まっていた広場近くまで来た時、サクルが道端に倒れ込んでる者を見つけた。
「あそこに誰か倒れてるよ! スイズ兵かな?」
 道に俯せて倒れている者の長い深緑色したマントを見てサクルはそう言った。
「スイズ兵なら、城へ連れて帰らないと。おい、停めてくれ」
 スモーキーは、御者にそう告げ、馬車が急停止するやいなや駆け下りた。大男たちの乗っている後の馬車も同じように停まった。いち早く駆けつけたスモーキーは、倒れている男の背中に耳を付け鼓動を聞いた。
「もう死んで……、いや……、生きてる?」
 弱々しい鼓動が確認出来た。
「コイツ……。おいっ、スモーキー、コイツ、アジュライトだ。中の王子だぜ!」
 顔を確認した大男が叫んだ。
「何?」
 スモーキーは、男の顔を覗き込み、引き裂かれたマントを捲りあげてその衣装を確かめた。踏まれた跡がくっきりと背中につき、血と泥で染まってはいるが、一兵卒の服装ではない。
「どうする?」
「そんなの決まってらぁ。放っておこうぜ。この様子じゃもうダメだろ」
 後から覗き込んでいる鉱夫が言った。
「たぶんな。でも、それなら尚更、放っては置けない。こんなヤツでもスイズの王子なんだ。それなりに弔ってやらないと」
「そうだよ、リュミエールの兄さんなんだもの、リュミエールが悲しむよ」
 スモーキーに賛同し、サクルがそう言う。もっともだな……というように大男が頷いた。
「よし。俺が担いでやらぁ」
 大男は、アジュライトを抱え上げ、馬車の中にそっと連れ込んだ。座席がガタンと沈み込み揺れると、ぐったりとして意識を失ったままの彼が微かな呻き声をあげた。後から馬車に乗り込んだサクルは、アジュライトの腕が奇妙な形に曲がっているのに気づき、小さく叫んで顔を背けた。
「自業自得とはいえ、哀れなもんだな」
 スモーキーが、しんみりと言う。
「あの後、袋叩きにされたんだな。けど、首を落とされなかっただけでもマシだぜ」
 大男は冷ややかに言う。先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変したまま、馬車はスイズ城へと向かった。
 
 スモーキーたちが教皇庁から戻って来たという知らせを受けたリュミエールは、門前へと駆けつけて出迎えた。瀕死のアジュライトという土産を医師の元へと運び込んだ後、彼らは謁見の間へと入った。リュミエールは玉座には座ろうとせず、皆とともに床の上に円陣を組み座り込むと、スモーキーから、教皇庁での様子を聞いた。鉱山の不正の報告も、教皇とクラヴィスの再会も無事に終えたことに、リュミエールは心の底か ら喜び、安堵していた。スモーキーは、城の補修や怪我人の世話などの手助けに他の鉱夫たちを行かせた後、実はセレスタイトが、光の守護聖となり、聖地に召還されたことや、その為に次代の教皇にクラヴィスがなるしかないことを、リュミエールに告げた。
「セレスタイト様が、聖地へ……」
「私たちも詳しいことまでは聞いていません。聞いたところで、どこまで理解できるのか……想像の範疇を越えてしまっています。何しろ、あの大聖堂の様子にさえ圧倒されてしまっているんですから。ともかくも、スイズと教皇庁には、新風吹き荒れて……といった感じでしょうかねぇ」
 ルヴァの言葉にリュミエールは頷いた後、「やらなくてはならないことが山積みですね……」と溜息まじりに呟いた。
「俺たちがこっちに滞在しても良いと教皇様には了解を得たからな。何でも協力するぜ」
 スモーキーがそう言うと、リュミエールは、堰を切ったように話し出した。
「主立った貴族たちには、今朝一番に通達を出しました。サルファーさんやジンカイトさんたちも城の執務官や衛兵たちと話し合いの場を作って、民との協力体制を整えてくれています。地方の民にも伝令を出す手筈は整えました。それからダダスとの戦後処理ですが、スイズ兵はすぐに引き揚げるよう使者を出しました。後は、教皇様が送って下さった和平の使者の帰りを待ってから直接交渉の場を設けて。民への減税の通達も急がねばなりませんし……」
「待て、待て。ほらな、ルヴァ。クラヴィスの言った通りだ」
「ええ、本当に」
「何ですか?」
 苦笑し合う二人に、リュミエールは訳がわからず、珍しく不機嫌な表情を見せた。
「クラヴィスがね、教皇様になるっていうのに気合いが入ってないんですよ。あんまり期待されてもな……まあ出来るだけのことはする……なんてね言うんですよ。でも、まあ、あんまり最初から飛ばしすぎると息切れするからな、ってさっき言い合ってたんですよ」
「そしたら、リュミエールの方は、息切れしてそうだから早く行ってやれって、クラヴィスが言ったのさ」
 スモーキーは、リュミエールの険しい顔を笑顔で覗き込んだ。
「あ……そうですね……私ったら……」
 リュミエールは頬を赤くして俯いた。
「悪かぁねぇさ。その前向きさは、ちゃんと皆にも伝わってる。今が踏ん張りどころだものな」
 スモーキーの言葉に、リュミエールの張りつめていた神経が緩るむ。たちまち彼の目に、涙が溢れてくる。
「リュミエール、よく頑張りましたね、本当に」
 ルヴァの言葉に、リュミエールは両手で顔を覆って泣き出してしまった。スモーキーの大きな手が、リュミエールの背中に回る。ルヴァは、優しい眼差しで、彼が顔を挙げるのを見守っている。リュミエールは、その暖かさの中で、長い旅路の疲れがやっと癒されていくのを感じていた。

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