第八章 蒼天、次代への風

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 “そう……まだ終わったわけではない”
 リュミエールは、無惨に踏み散らかされた花壇を見て思う。そこに倒れている屍に、深い悲しみが込み上げてくる。と、同時に、その者たちの弔い、怪我人の手当、城の修復……しなくてはならないことが次から次へと思い浮かぶ。ふと、前王に付いていた側近が呆けたように側に立ち尽くしているのをリュミエールは見つけた。どこにも怪我をしている様子はない。思わず、リュミエールはその名を呼んだ。彼は、とぼとぼとリュミエールの前まで進み出た。
「早馬を教皇庁に出しなさい。この顛末を正しくお知らせし、すぐにダダスとスイズの戦いの調停に入って頂けるように伝えなさい」
 リュミエールは、彼の目を見つめて断固とした態度でそう言った。
「は……、あのですが、スイズ軍は、もうタダス王都に入ろうかというほどに……」
 もう勝敗は付いたも同然なのに……と言わんばかりの顔を側近はした。
「大陸横断横断列車を途中の駅に止めずに行けば、ダダスまで一両日中には尽きます。和平の使者を送って頂くのです。早く行きなさい」
 リュミエールは、もう一度きっぱりと側近に言う。
「よぉ。あんた、今後も城で働きたいんだったら、いい仕事しなきゃあなあ。早く行った方が身のためだぜぇ。ここにゃ気の短いヤツが多いからな。おっと、逃げようなんて思うなよ、ちゃんと教皇様にお伝えするんだぜ、さもないと……」
 大男に躙り寄られた側近は、恐怖で声も出ない。
「あなたもこんなことがあった後で、お辛いでしょうが、どうか、民の為、平和の為、力を尽くして下さいますよう、心よりお願い致します」
 リュミエールは、側近に向かって頭を下げ、彼の手を握りしめた。
「そ、そんな……も、勿体のうございます、ただ今、ただ今、すぐに参ります故」
 側近が走り去った後、「なんだよ、俺の脅しよか、リュミエールの礼のほうが効くのかよ」と大男は頭を掻く。リュミエールは小さく笑うと、怪我人に肩を貸し側を通りかかったスモーキーを呼び止めた。
「教皇庁へ行ってください。今、教皇庁に事の顛末を伝える早馬を出しました。あなたがたも早く例のことを教皇様に」
 そう言われてスモーキーは、一瞬戸惑った。
「スイズの不正を告発しに行くんだぜ、いいんだな」
「かまいません、長年に渡るダークス搾取は、教皇様への背信行為です。許されることではありません。スイズが新しい国になるためにも。それに……」
 リュミエールは、クラヴィスを見た。
「ああ……判っている」
 スモーキーが頷くと、リュミエールは、「誰か!」と叫んだ。他の怪我人の手当をしていた衛兵が、その声に立ち上がる。
「馬車を用意するように。五台あれば足りるでしょう。門前につけておきなさい」
「お、おい、馬車って。馬車で行けって?」
 スモーキーは、慌てるがリュミエールは平然としている。
「教皇庁の門前には、ジェイド公の放った刺客がいるかも知れないのでしょう? それに、その形では、中に入れて貰えないかも知れませんし」
 鉱夫たちの姿は、クラヴィスも含めて、薄汚れているという段階を超えている。先ほどの暴動で、ただでさえ粗末な被服は、引き裂かれ、泥や血にまみれている。
「スイズ王家の紋の入った馬車で乗り付ければ、その中に誰が乗っていようが、教皇庁の門は、黙っていても開かれる……か」
 クラヴィスは、小さく笑って、リュミエールを見た。
「クラヴィス様、私もご一緒しとうございましたが、今は城が心配です。後日改めてご挨拶に伺います。どうか教皇様、セレスタイト様によろしくお伝え下さい。良い再会になられますように」
 リュミエールは、クラヴィスに向かって深々と頭を下げた。
「リュミエール……」
 クラヴィスは、様々な思いを込めて、心からリュミエールに頭を下げた。
「いいえ、私の方こそ」
「この時間からじゃ、今日はこっちに戻って来られないかも知れん。すまんな、こんな時に」
 スモーキーは、心配そうにリュミエールの様子を見た。無理をして気丈に振る舞っているのは一見しただけで判る。だが、リュミエールは、しっかりとした声で、 「大丈夫です。私は一人ではありませんよ。サルファーさんたちもいますし」と言った。その後に少し笑って、「それにここは……私の家ですので」と付け加えた。
「大した王様っぷりだよ」
 スモーキーは、リュミエールの肩に手を置き、傍らのサルファーに“頼むぞ”とばかりに頷く。
「さあ、皆さん、門前へ急いで下さい。こちらです」
 リュミエールは、鉱夫たちを促し、門前にある車寄せへと向かう。鉱夫たちにとっては触れることさえ躊躇われる黒塗りの屋根付き馬車がずらりと停まっている。御者は、彼らが乗り込むのに不満顔をしている。磨き込まれた扉の取っ手に泥や脂がベッタリと付いたのを見ると、あからさまに嫌な顔をした。
「すまないな。後で掃除するから勘弁してくれ」
 大男は、御者たちに向かって深々と頭を下げた。一番強面で巨体の彼にそう言われると、御者たちも少しは気が済んだらしく急に愛想笑いをする。
「リュミエールの真似をしてみたんだ、頭を下げるってのは、ここじゃ脅すよか効くもんだな」
 大男は、ゼンに向かって小声でそう言うとペロリと舌を出し、共に馬車に乗り込んだ。一番先頭の馬車に、スモーキーとクラヴィス、そしてサクル親子が乗り込むと、御者は馬に鞭をひとつ打ち付けた。

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