第八章 蒼天、次代への風

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 主塔の最上階の王の私室では、王と正妃そして上の王子が着座し、心配顔している。それぞれ朝食の後、門前での諍いが治まらないと聞き、一旦、この王の間に入ったのだった。
「アジュライト様が、対応にお出になっておりますので、間もなく静かになるでしょう、我ら近衛隊は、下の入り口にて待機しております」
 そう告げて退室して行った王付きの者たちからは、以降、何の報告も来ていない。広い王の間に、開け放たれた窓から、何と叫んでいるかまではわからないものの、諍いの声が響いてくる。急に扉が開くと、険しい形相をした寵妃が、 長く優雅なドレスの裾を持ち上げて、王座目がけ突進するかの如く駆け寄ってくる。
「どうなさったの? 挨拶もなく無礼なこと……」
 正妃の嫌みに構う余裕もなく彼女は、王の足元に座り込んだ。
「アジュライトが、民に……、民に連れて行かれたと知らせが……」
「何っ?!」
「衛兵の一人が今、私の所に知らせに来ましたわ!」
 いつもは気丈な寵妃の目に涙が浮かんでいる。 
「なんということだ。衛兵は何をしていたのだ?」
 王は、後から寵妃を追ってやってきた近衛兵に尋ねた。
「民らに押されまして……。あやつらの方が数も多うございますし……」
「ジェイド公からの援護の武官は?」
「そ、それが未だ到着せず……。ですが、ただ今、大砲隊を出しましたので、もう奴らが退くのは時間の問題かと」
「早くせぬからだ、とにかくこの主塔には入れるてないぞ、行け!」
「は!」
 出て行こうとする近衛兵の姿に寵妃は、慌てる。
「アジュライトを優先して助けるのですよ!」
 だが、近衛兵は返事をしないままに退室して行った。
「王になった気分で、民の前に出るからこういうことになるのです」
「自分が民を諫める、お任せ下さい……だなんて大きな口叩いておいて仕方ないなあ」
 打ちひしがれている寵妃に、王妃と上の王子は容赦ない。
「なんですって?!」と、寵妃がヒステリックな声を上げたと同時に、階下でドンッという大きな音が響いた。それは立て続けに聞こえ出す。王の側近が、部屋に駆け込んでくる。
「主塔の扉を打ち破ろうとしています! ここは一旦お隠れになった方がよろしいかと存知ます」
 そう言われて王たちは、慌てて立ち上がった。王座の後に、別の小部屋に続く扉が隠されている。そこには下へと続く階段があり、城外へ出る為の秘密の通路へと続く。彼らは側仕えとともに薄暗く狭い階段を一人づつ下へと降り始めた。ひときわ大きな音とともに歓声が上がる。扉がついに破られた気配に、王たちは焦り出し、ひたすらに下へと逃げ延びようとしていた。
 主塔の入り口では、先陣を切って中に入り、近衛隊とやり合う者たちの後で、リュミエールが、ふいに立ち止まり、 辺りの様子を冷静に伺った。王の間を守ろうとするなら、階上に行かせまいとするはずなのに、むしろ上へ上へと導くように近衛兵は、階段を上がって逃げていく。リュミエールは、先を行こうとするスモーキーを呼び止めた。
「もう王の間には誰もいないかも知れません。このまま行っても、行き違いになると思います」
「逃げたか? どこかに続く場所があるのか?」
「王の間の後は、下に続く階段になっています。下まで降りると地下通路になっていて、その先は、裏庭の礼拝堂に出ます。礼拝堂の神鳥のタペストリーの後から城外に続く通路が作られています」
「よしっ、礼拝堂に向かおう、リュミエール、先導してくれ」
 スモーキーは、リュミエールを気遣いながら、彼の向かう方向について走る。たちまち衛兵たちが追ってくる。
「外に逃してなるものか! リュミエール様を援護しろ!」
 サルファーは、主塔に入ろうとしていた者のうち、半数を引き連れて、同じように後を追う。ルヴァとクラヴィスも。
「あの白い建物がそうです」
 リュミエールは、美しい花が咲き乱れる花壇に向こうに立つ白亜の小さな建物を指し示した。場所さえ判れば、リュミエールに先陣を切って貰う必要もなくなり、男たちは一斉に礼拝堂へと走り出した。花を踏まずにそこに行くには、大きな花壇を迂回するしかない。この状況下では誰もそんなことはしない。リュミエールも、花を踏みつけて走っている。足下で無惨に散っていく花々の数だけの痛みを胸に焼き付けながら、リュミエールは前進してゆく。アジュライトを見捨てて行く非情さも、花を踏みつけて進まねばならぬ虚しさも、 今、必要な試練なのだと、リュミエールは知っているから……。

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