第八章 蒼天、次代への風

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 やがて日が暮れ始めた広場では、残された者が先ほどの衝突で命を無くした者たちの屍を片隅に集め、祈りを捧げた後、布地を被せて覆った。広場の中央では、弔いの為の小さな火が焚かれ、それを取り巻くようにサルファーたちが集まっていた。北部の男たちが、スモーキーからルダの鉱山でリュミエールたちと出逢ったことや、管轄地での事故のことなどを聞いている間に、日は完全に落ち、その後、一応は明日に備えて仮眠を取っておこうということになった。
 北部の者たちからやっと解放されたスモーキーとリュミエールたちは、やや離れた所で火を焚き、一塊になって座っていた鉱夫や南部の仲間の元に戻った。スモーキーは、皆の顔を見るなり、大きな溜息をついて座り込んだ。
「やっぱり明日、王城に向かうんだってな。俺たちは教皇庁に行くのか?」
 大男が、スモーキーに指示を仰ぐ。
「そうしようと思ってたんだが……、先にスイズ王城に行かせてくれ、頼む」
 スモーキーは、意味ありげに頭を下げた。
「スモーキー、私のことならば大丈夫です。あなたはクラヴィス様と一緒に教皇庁へ」
 リュミエールは、小声でスモーキーにそう告げた。
「そういうわけにはいかん。お前を推した以上、俺には責任がある」
「その通りだ。私も一緒に城に行く」
 クラヴィスも、断固とした口調で言う。
「クラヴィス様まで……」
 ぼそぼそと言い合う彼らを、皆は不審そうに見ている。
「なんだよ? 自分らだけで言い合ってんじゃねーよ、あいたたた」
 ゼンが、殴られた口元を庇いながら口を尖らせる。
「いや、実は、実はなあ……」
 スモーキーは、高めの間の抜けた声を上げる。
「タダスに拉致されて殺されたとかいう噂のスイズの第三王子なあ、あれなあ……」
 スモーキーは、いつもの毅然とした態度とは違い、なんとも困った顔をして頭を掻いている。
「それがどうした? スイズの王族なんざあ、死のうが生きてようが関係ねぇ。いや、むしろ、王族なんか死んでしまえってんだ!」
 口の悪い鉱夫がそう叫ぶと大勢の者が賛同した。スモーキーは、言いかけていた口を閉じてしまう。
「き、気にしちゃいけません、リュミエール」
 ルヴァは慌てて、リュミエールに囁く。何も言えなくなってしまったスモーキーの横で、その場の空気をまったく無視してクラヴィスが、「スイズの第三王子は、実はこのリュミエールだった。そういうことだ」と言った。鉱夫たちは静まりかえった後、「はあ?」と脱力した声を上げた。
「クラヴィス、もういっぺん言え」
 後の方から声が飛んでくる。
「このリュミエールが、スイズの第三王子だと言ったのだ」
 クラヴィスはもう一度、皆を睨み付けてそう言った。
「も、申し訳ありませんっ。あの、今まで、黙っていて。あ、あの……」
「あー、私がルダの文官なのは本当なんですが、リュミエールは従者じゃなくて、むしろ私が従者のようなものでして……いえ、別に皆さんを騙すつもりではなくて、成り行きで……」
 リュミエールとルヴァがあたふたと説明しようとすればするほど、皆は、静まりかえっていく。スモーキーは頭を抱え込んでいる。
「わー、そうなんだって。リュミエールはやっぱり貴族だったんだね。でも王子だったなんてビックリしたなあ、ねえ、父さん」
 とサクルが無邪気な声を挙げる。鉱夫たちは互いに顔を見合わせた後、気まずそうに咳払いしたり、腕や首筋をぽりぽりと痒くもないのに掻くふりをしている。王族なんか死んでしまえと言った男が、そっとその場から逃げ出そうとしている。
「おい、こら待て! 逃げるんじゃない。リュミエールは怒ってないから、たぶん……」
 スモーキーは慌てて立ち上がると、その男の襟首を掴んだ。
「い、いててて……。わ、悪かったよ、す、すまねぇ……じゃなくて、も、申し訳ありません……ってば」
「スモーキー、放してあげてください。私はもちろん怒ったりなんかしません……ただ、そんな風に思われることは悲しいことですけれど。でもそれは、王族の自業自得なんですから」
 リュミエールは、改めて鉱夫たちの間に座り込むと、皆の表情が徐々に元に戻ってくる。スモーキーは、サルファーたちの策を皆に話した。リュミエールを王にと……。
「リュミエールが……スイズの新しい王に……」
 大男は、うーんと唸った後、そう言うと天を仰いだ。
「役不足なのは判っています……。けれど、問題のあるジェイド公が王になるよりは……。それに、サルファーさんたちの考えている新政権は、王族や貴族だけでなく、農夫や鉱夫いろんな民の間から代表を出して、皆で国政を動かして行くのだとお聞きしました。ただ他の諸国や国内の貴族たち との兼ね合いで、象徴としての王が必要ならば、こんな私でも……と思って。私だってこの国をよくしたいと思う気持ちはありますから……」
 リュミエールは、訥々と、皆に語りかけた。
「役不足だなんて思っちゃいないぜぇ。ルダで逢った時から、何か訳ありの二人組だとは思ってたけどよお、こんなこともあるんだと思ってなあ感心してたんだ。そうだろ? 皆!」
 大男は、他の仲間を焚きつけるように言った。
「すげえよな……もしリュミエールが王になったら、どんなに暮らしが良くなるんだろう?」
 男たちが深く頷く。
「で、でも急には……。作物の出来不出来は気候にもよるのですし……」
 リュミエールは、俯いてしまう。
「けど、戦争はなくなるよな。鉱山の不正も、鉱夫の扱いもずっと良くなる」
 ゼンは、嬉しそうに言う。
「リュミエール、あんたの事はこの道中で、よく判ってる。狩りも出来ないし、重い荷物が持てないからって、率先して食事係りや、怪我人の世話やらしてくれてた。 サクルも随分世話になった。俺たち……あんたが、スイズの第三王子で本当に嬉しいよ」
 サクルの父親が涙ぐんでいる。
「本当に驚きました……貴方が末の王子だったなんて……。数々のご無礼お許し下さい。皆もほら……お詫びしろ」
 ジンカイトは礼儀正しく深々と頭を下げてそう言ったが、武官としての礼節の中で生きてきた彼とは違って、素朴で屈託のない性格をしている農夫や鉱夫たちは、頭を軽く下げ、ニコニコと笑っているだけである。
「んでもよう、ご無礼ったって、リュミエールは、もう仲間なんだしよー 。そりゃまあ、王冠とかふかふかのマントとか着てるなら、リュミエール様って呼ぶけどさー、その格好じゃ、様はねぇだろ?」
  元はちゃんとした衣服だったが、この道中と先の乱闘で、リュミエールの白いシャツも、細かい刺繍のベストもうす茶色に変わってしまっている。ほつれた裾も長いことそのままだった。ゼンが言うと、鉱夫たちは一斉に頷いた。リュミエールは 、仲間だと言われたことが嬉しくて、頬を赤らめて照れたように笑った。
「そういうわけでな……教皇庁より先に、明日、サルファーたちと王城に向かおうと思うんだ。明日は、今日以上に大勢兵が出て来るだろう。今度は怪我だけじゃすまないかも知れん。もし、王城に行きたくないものがいたら……」
 スモーキーのその先を聞くまでもなく、鉱夫たちは、王城行きに賛同し始めた。
「鉱山を逃げた時から、この命はないと思ってる。リュミエールが王になるかも知れないんだ、俺は城に行くぜ!」
 一人の男の声に、皆が、おー! と応える。騒いでいる男たちの横で、スモーキーは心配そうに「やっぱりお前だけでも先に教皇庁に向かったらどうだろう?」と小声でクラヴィスに言った。
「教皇庁の門前あたりには、ジェイドが見張りを付けているらしいとジンカイトが言ってただろう? 私一人で戻れば、すぐに判って捕まってしまうだろう。スイズが変われば、鉱山の事も、教皇庁との関係も全てが変わる。優先すべきはこちらだろう。他の皆と同じ気持ちだ。それに、私も今はリュミエールの側にいたい」
「気持ちは判るが、明日、もし乱闘になり命を亡くすようなことになったら、と思うと……」
「為すべきことがあるうちは死ねないんだろう?」
「ふう……判ったよ、もう。けど、やっぱり武器は持つなよ……なあ」
「ふん。棍棒くらい持たせろ」
「じゃ、殺さない程度に殴るだけにしろよ。必ずだぞ。とにかく」
「善処する」
 二人のそのひそひそ話を、隣でじっとゼンが聞いていた。
「なあ、何で、クラヴィスに、武器を持つなって言うんだ? 殺すな……とか?」
 不思議そうに言ったゼンに、スモーキーは、焦って思わず薄ら笑いを浮かべてしまった。
「いや……それは……まあ……」
“リュミエールの事は知り合った経緯から見ても、比較的、すんなり皆に受け入れて貰えたようだったが……鉱夫として寝食を共にしていたクラヴィスまでもが……となると、一体、どう説明したもんだか……”
 そんなスモーキーの心中を知ってか知らずか、クラヴィスが口を開いた。
「私の親が、特別に信仰が厚くてな。人を殺めるなかれ……というのが家訓なんでな」
 スモーキーは、口を開けたまま固まっている。
「ふうん、そりゃ、親の言いつけなら仕方ないよなあ。俺は今は孤児だけど、俺んちは、自分よか弱いもんからは盗みはすんな、ってのが家訓だったな」
 そう言うとゼンは、そのまま気にも留めずに、今度はリュミエールの側にいるサクルの方へと行ってしまった。
「寿命が縮まったぜ……シレッと言いやがって、さっきのリュミエールの事といい、お前ってヤツぁ……」
 スモーキーは、クラヴィスを睨み付けた。
「嘘じゃないぞ」
「嘘じゃないから肝が冷えたんだよ。まったくお前たちのせいで、俺はこの道中、五歳は老けた」
「もともと……老け……」
 言い終わらないうちに、スモーキーの蹴りが、クラヴィスの尻に入る。もちろん軽く……ではあるが。
「明日の今頃も……こうして笑っていられたらいいのにな……」
 痛くもない尻を撫でながら、クラヴィスがポツリ……と言う。スモーキーは、一瞬、目を見開いた後、クラヴィスの肩を引き寄せて、 「笑っていられるさ!」と、力強い笑顔を返した。

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