第八章 蒼天、次代への風

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 ジンカイトとサクルが周囲の様子を見に行って一時間以上が過ぎた。爽やかな青空が広がっている。心地よい朝の風が止まり、早くも強い日差しが 、川岸で待つ者たちの上に降り注いでいる。今日は暑い一日になるかも知れない……と誰もが思う。
 やがて八時を告げる鐘が対岸の王都から聞こえてきた時、サクルが戻り、その後でジンカイトも戻ってきた。
「別の村から来たって人たちが二十人くらい向こうの土手にいたよ。こっちに来て貰うよう言ったよ」
 サクルがそう報告すると、ジンカイトは心強そうに頷いた。
「こっちも東南の村から来た人たちと出逢った。三十人ってとこかな。その連中の話じゃ、後からもっと来るらしい」
「俺たちを入れて百人弱……ってところだな。橋の様子はどうだった? それとゼンたちのことは?」
 スモーキーは、険しい顔をして尋ねた。
「橋の前にいる衛兵は二人だけだった。ゼンの捕らえられている南の兵舎の辺りまで回ってみたが、特にどうということもなく静かだったが……」
「ゼンは頭の回転が速い。こっちがヘタに動くよりは、釈放されるまで待っていたほうがいいんじゃねぇのか?」
 ゼンをよく知る鉱山仲間だった男が口を挟んだ。
「そうかも知れねぇな……確かにゼンなら、小芝居のひとつもしてすぐに釈放されて出て来そうだが……?」
 大男の言葉に、スモーキーは頷いたものの、どうするかを口には出さず考え込んでいた。
「橋の見張りが二人だけしかいない今、百人の人数で押し切って渡れば、なんということもなく王都に入れるように思うんだが?」
 ジンカイトは、スモーキーに決断を迫るように問いかけた。
「そう……だな」
 スモーキーは、曖昧に答え、少し離れた所にいる鉱山から来た自分の仲間とクラヴィスたちを見た。皆、待ちくたびれているのか、早く王都に入ってしまいたいようでそわそわとしている。それさえ出来れば、後は町の人間のふりをしてなんとか教皇庁に行くことも容易いかも知れない。
「判った。橋を渡ろう。だが、俺は後から行くよ。やっぱりゼンの事が気になる。一緒に行こうと誓ったからな。アイツだけ置いてはいけない。適当な嘘をついてゼンを引き取りに行くよ。なぁに、俺とゼンなら地方から教皇庁に拝みに来た親子連れってことでなんとかなるさ」
 スモーキーの案に、渋々ながらも大男たちは賛成すると、ジンカイトも頷き、皆に向かってこれから王都に入るぞ、と声をあげた。
「あ、余所の村の人たちが来たよ」
 サクルは、こちらに向かって歩いてくる一行を見つけると手招きを繰り返した。ジンカイトは、彼らに駆け寄り、これから橋を渡って王都に向かうことを告げた。
 
 彼らは、川原を歩き、南の橋の橋桁の近くまでやってくると一旦そこで止まった。スモーキーとジンカイトは、半数の者を橋桁の真下で待機させ、自分たちを含めた半数で、 まず橋の近くの木陰へと向かった。朝一番に地方から作物を運んでくる台車が耐えず行き交い、橋を含む周辺は、思っていたよりは賑やかである。衛兵はチラチラと見ているだけで特に彼らを呼び止めることもしないで、橋の欄干に凭れて世間話しをしている風情だった。
「お気楽なもんだぜ……ま、こっちにとっちゃ好都合だけどよ」
 マヴィスは鼻で嗤う。
「衛兵のあの様子じゃ、適当にバラけて、鼻歌でも歌いながら渡っちまえるんじゃねぇか? 俺みたいにガタイのデカイヤツは、呼び止められるかも知れないが……そうだな……おい、じいさん、ちょっと」
 大男は、農夫のうちの一番年老いた一人を呼んだ。
「なんじゃ?」
「あんた、たった今から俺の親父ってことにしてくれ」
 大男はそういうと、年寄りをあっという間に背負った。
「おい、なにするんじゃ?」
「父親が死ぬ前にいっぺん大聖堂を拝みたいっていうんで、村を出て来たもんでこざいますだ」
 大男がそう言うと、忍び笑いが周囲から聞こえた。
「ちょっとこれで試してみる。橋を渡ったとこで待ってるぜ。おい、じいさん、役人に何か聞かれても耳が遠いフリでもしといてくれや」
「あいよ、頼むぞ、せがれや」
 年寄りの方も調子を合わせると、大男の背中にしがみついた。
 スモーキーたちは、大男の様子を木陰から見守る。老人を背負った大男が橋を渡ろうとすると、衛兵が声を掛けた様だった。
「あ、呼び止められてしまいました」
 リュミエールが心配そうな声をあげたが、大男はすぐに何ということもなく歩き出した。
「大丈夫だったようだな……」
 スモーキーたちはホッとした。ところが、大男たちが、歩き出してすぐ、王都側からスイズ兵の乗った早馬が駆けてきた。橋を歩いててた者たちが、慌てて両脇へと身を動かす。台車を引いていた男は、 横に逸れるのが遅れて兵士に一喝された。早馬の兵士は、門にいた衛兵の所まで来ると、馬から降りようともせず何かを話していた。そして、早馬の兵士は、そのまま南へと走り去って行った。残された衛兵たちのうち、一人が慌ててどこかに走り去り、残りの一人は、キョロキョロと辺りを見回すと大男たちを呼び止めたようだった。
「何だろう? 何かあったのか?」
 わけが判らずにいるスモーキーたちの目に、大男たちがこちらに戻ってくるのが見えた。橋にいる衛兵の目から届きにくい場所まで来ると大男は老人を背中から降ろし、スモーキーたちのいる木陰へと走って来た。
「大変だぜ。北の王都への入り口から大勢の村人が押しかけて来ているらしい。今の早馬、その知らせに来たんだ」
「大勢ってどれくらいだ? 血相変えてたみたいだが?」
「五百とか千とか聞こえた。早馬の兵は、南の兵舎にいる非番の兵を、王城の警備にすぐに行かせろって言ってた。南部の駐屯地の役人も王都の警備に向かうよう知らせる、って言ってたぜ」
「ジンカイト、嘆願書を出す為に集まる農夫たちは、そんなにいたのか?」
 スモーキーが、尋ねるとジンカイトは、それを否定した。
「い、いえ。私一人では北までは回り切れず、一緒に行こうと説得したのは、南部の他は、東南部、西南部にある村だけです」
「じゃ、北部の連中が自発的に行動を起こしたってことだよな?」
 スモーキーとジンカイトの話を横で聞いていた者たちは、嬉しそうな顔をしている。
「どっちにしてもいいことじゃねぇか? これじゃ王城の連中も民の声を無視できねぇだろ。俺たちもこんなとこで慎重に構えてないで行こうぜ」
 駆け出しそうな勢いで男たちはそう言う。
「よし。衛兵は一人しかいない。誰かを呼びに行きたくとも持ち場を離れるわけにもいかないだろうしな。橋桁で待ってる連中に誰か知らせてくれ。王都に入ってしまおう」
「おーーっ」
 とかけ声が上がる。心配顔をしているのは、鉱山から来た男たちだけである。ゼンの事が気にかかるのだ。
「スモーキー、ゼンのことだが……」
 と声を掛けてきたのは、サクルの父親である。
「俺とサクルで、その南の兵舎に捕まってるゼンを引き取りに行くよ」
「あんたが?」
「ああ。ゼンはサクルの兄ってことにすりゃいい。途中で、はぐれたとでも言うよ。親子連れなら案外すんなりと釈放してくれるかも知れない 。だからアンタはジンカイトたちと一緒に王都に入ってくれ」
「ゼンは本当に兄ちゃんみたいなものだものね」
 と、サクルを口を添えると、スモーキーは彼の頭を撫でた。
「わかった。頼むよ。とにかく教皇庁の前で合流しよう」
「釈放に手間取るかも知れない。遅いと思ったら構わず教皇庁に入ってくれ」
 サクルの父親とスモーキーは、互いに肩を叩き合う。
「よし、じゃあ、行こう」
 スモーキーは、回りの者たちに声をかけると、それぞれが橋に向かって歩き出した。クラヴィスたちは、さりげなくその集団の中ほどに紛れ込む。橋の衛兵は、こちらに向かって歩いてくる集団に驚き、長槍を向け、止まるように叫んだ。ジンカイトが前に出て、皆を一旦止めた。
「お前たち、なんだっ?」
 衛兵の声が上擦っている。
「嘆願書を届けに城まで行きます。東や南部の村の者たちです」
 ジンカイトはグイッと衛兵を睨み付ける。元武官の迫力に、衛兵は一歩後ずさりしてしまう。
「た、嘆願書提出だけなら、一人で良かろう。ひ、一人だけなら通行を許可する」 
 衛兵は槍をジンカイトに向けたまま言う。
「この橋は、武器を持たない者なら誰でも通れるはずだろ? おいらはただの農民だぜ」
「お前の許可なんかいらねぇや」
 後の方から野次が飛ぶ。衛兵は「なんだとっ」と言い、さらに槍を強く握りしめた。その槍をグイッと大男が掴み、力任せに奪い取った。
「あ、お前はさっきの!」
 衛兵は驚きの声を上げた。
「親父も早く王都に行きたがってんだ」
 大男はニヤリと笑うと、長槍を川にめがけて投げ込んだ。
「行くぞ」
 ジンカイトが、怒りを露わにしている衛兵を無視しそう言うと、また男たちは歩き出した。衛兵がそれを止めようとわめき立てている。
「るせぇな! お前も川に叩き込むぞ」と言われて黙り込む。さほど大きくない橋を渡りきってしまうと、そこはスイズ王都内である。橋の向こうとこちら側、何がどう違うというわけではなく、かろうじて民家や商家の数が多くなっているだけである。ジンカイトたちは、無言のまま、町の中央へと向かう。何事か?と訝しげに見る町の人々の視線を浴びながら。

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