第八章 蒼天、次代への風

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「兵の姿が見えませんね……」
 ルヴァは街道の両脇に衛兵の姿がないことに気づき言った。
「北の方に皆、行かされているのだろう。暴動になっていないといいがな」
 クラヴィスは、やや遅れて歩いているリュミエールを気にしながら言った。やがて点在していた民家の数が増えだし、一行は、食料品や小間物を売る店などもある大通りに出た。スイズ王城からあまり出たことのないリュミエールでも、この辺りまでくれば、何度かは馬車で通ったことのある所だった。懐かしさと共に、ついに帰ってきたのだという実感が湧いてくる。クラヴィスにしてもそれは同じだった。鉱山の赤茶けた大地や、農村の草原などという色合いとは決定的に違う大きな町中の雰囲気は、やはり懐かしいと純粋に思うのだった。 だが、もうとっくに店を開ける時間のはずがどこも戸板を閉めたままであり、辛うじて、所々の小窓だけが開けられている程度である。
「町の人たちにも、北から大勢が押し寄せたこと、早々と知れ渡っているみたいですね……」
 ルヴァは、初めて見る大きな町が静まりかえっていることを残念に思っていた。
 大通りは、運河に沿ってまっすぐに城へと続いている。途中に水門があり、教皇庁にはそこを曲がり、西へと向かう。スモーキーたちは、そこまでジンカイトと同行するつもりになっていた。だが、 しばらく歩いたところで、数人の男たちが彼らを呼び止めた。
「あんたたち、何だ?」
 兵士ではない身なりの男にそう呼び止められたジンカイトは、とっさに彼らがこの王都の町民ではないことに気づいた。農夫や鉱夫が履く、ふくら脛近くまで長さのある靴を履いていたからだった。泥靴などと呼ばれるそれを町の者は野暮ったいと言って履かないし、舗装された石畳の町では履く必要もない。
「お前たちこそ何だ?」
 ジンカイトはギロリ……と睨みつけて答えた。
「見たところ、農民みたいだが」
 男たちは自分たちの事は答えずに言った。
「主に南部の村人だ」
 ジンカイトは短く答えると、男たちは互いに頷き合った。
「嘆願書を持って王城に向かう所だ」
 ジンカイトはハッキリとそう言い、彼らの反応を待った。緊張していた男たちの表情が崩れる。
「なら同志だ! 俺たちは北からやってきたもんだ」
「北から大勢で押しかけたっていうのは本当か? さっき南の橋で衛兵が話しているのを聞いたんだが」
「ああ。たぶんあんたらと同じ理由さ。五百か……道中で増えたから八百、いや千かも知れない。とにかく俺たちはもう我慢できなくて決起したんだ」
 男の言葉に、南部の者たちは歓声をあげた。
「北の橋あたりの状況はどうなってるんだ?」
「そのまま橋を渡りきり、王城の手前にある広場に皆、固まってる。三十人ばかしのスイズ兵と睨み合い状態だ。スイズ兵が、援軍を求めるため南部に早馬が走ったと聞いて、俺たちは様子見にやって来たんだ」
「早馬ならとうに南の橋を渡って行ってたぜ。南の兵舎の連中も追っつけ援護にやってくるだろう」
 大男が口を挟んだ。
「そうか。それならやっぱり広場に戻って皆と一緒にいた方がいいみたいだな」
 男たちは互いに頷き合う。
「あんたらも俺たちと合流しよう。俺たちのリーダーに紹介するよ」
「わかった。じゃその広場に向かおう」
「おっと、待ってくれ。俺たち鉱夫は、最初からの予定通り教皇庁に向かわせてくれ」
 スモーキーは、ジンカイトと北部の男たちに言った。
「鉱夫? 教皇庁? 南部の農民以外の者がいるのか?」
「ああ。俺たちは教皇庁管轄地の鉱山から訳あってやって来たんだ。道すがら、彼らと逢ってな。同行したんだ。目的は、まあ似たようなもんでな」
 曖昧にぼやかしたようにスモーキーは言った。
「鉱夫か! それなら心強い。ぜひ同行してくれないか? リーダーも喜ぶ」
 北部の男のうち一人が言った。何か事情がありそうなその言い様にスモーキーは、即答せずに相手のさらなる言葉を待った。
「北部にも小さいながら鉱山があるのは知ってるか? そこからやってきた者も多いんだ。北部から来たのは農民だけじゃない、むしろ鉱夫や職人の方が多い。こっちの嘆願書の要望は、農民の事だけじゃないんだ。鉱山での改善案もある。教皇庁管轄地の鉱山での様子を教えて貰えれば、俺たちの鉱山での様子がいかに酷いか比べて訴えられる」
 その男が北部の鉱夫だと知ったスモーキーや大男たちは、親密感が湧き、力になってやりたいと思った。だが、クラヴィスとリュミエール、この二人を速やかに教皇庁に送り届けたいスモーキーは返事に窮した。そんな彼の心情を察したクラヴィスは、「一旦、その広場を経由して教皇庁に向かってもそんなに遠回りにはならない」と言った。
「水門の手前から向かっても途中で跳橋のある所を通りますから、橋が上がったままですと降ろして貰うのに時間もかかるんです。北から回り込むように向かうことも出来ますし、さほど時間は違いません」
 そうリュミエールも頷い言った。
「兄ちゃんたちは王都に詳しいな。どうだろう? そんなに遠回りにならないなら頼むよ」
「わかった。じゃ、一旦、その広場に行こう」

 ジンカイトとスモーキーの一行は、王城へと直進せず、城を迂回し北にある広場へと向かうことにした。その道すがらにある家や店もやはり静まりかえっており、通りを歩く人の姿はほとんどない。鎧戸は固く閉まったままである。北部の男の話では、朝のうちに兵士が家から出るなと触れ回っていたのだという。北部の人間が殺到したことは、当然城にも届いているだろうが、王や内務大臣からはまだ何も言って来ない 、王都周辺の兵士をかき集めて、蹴散らし何事も無かったかのように済ませようという魂胆なのだと、彼らは怒りを露わにしながら歩いている。
 小さな橋を渡り、ゆったりとした登り道を上がれば広場……という所まで来て、彼らは何か広場の方が騒がしいことに気づいた。馬の嘶きの中に叫び声が聞こえる。
「まさか! 暴動に?」
 北部の男が走り出した。スモーキーたちもそれに続く。間の狭まった運河を隔てた向こうにある広場で、数人兵士と民がやり合っている姿が見える。民が手を槍で突かれたらしく血しぶきが散っているのが見えた。馬に乗ったスイズ兵は三十人ほどで、回りを取り囲んでいる民の方が圧倒的に多い。スイズ兵は長槍で彼らを威嚇してはいるのだが、誰一人退こうとはしない。
「待て、待てーっ、手を出しちゃいけないーー! 落ち着け!」
 民を掻き分け一人の男が飛び出てきた。がっちりとした体格の日に焼けた男である。男は、民たちを諫めて、少し退かせると、スイズ兵に向かって何かを告げた。兵たちは、不満顔をしながらも馬を反転させ、退いていく。男は怪我をしている者の側に駆け寄ると、手当の指示を側にいる者に告げている様子だった。
「あれが俺たちのリーダーなんだ」
 北部の男が、ジンカイトたちに向かって言った。
「なかなか冷静な判断の出来る人のようだな」
 ジンカイトがそう言うと、男は深く頷いた。
「紹介するよ、来てくれ」
 男は、いち早くそのリーダーの元に駆け寄り、南部からの同志を連れてきたことを告げた。ぞろぞろとやってきた一群に、広場にいた男たちは緊張するが、どうやら同志だと判ると、労いの声をかけ、さっそく話し出す者もいた。
「南部から来たそうだな。俺はサルファーという」
 サルファーは、先頭にいたジンカイトに握手を求めた。
「ジンカイトと申します」
 ジンカイトは笑顔で応えた。サルファーは、ジンカイトのやや後から来たスモーキーに目を留めた。自分と同じほどの年齢で、既に握手を交わしたジンカイトよりは年上で、雰囲気から見てもリーダー然としている。
「君がリーダーか?」
 サルファーは笑顔で言った。
「いや、南部の者たちのリーダーは、ジンカイトだ。俺はスモーキー……」
 スモーキーは、手を差し出した。サルファーの手は、その体躯に合わせて大きい。大男やクラヴィスと変わらぬほどの背丈をしている。
「この人は管轄地の鉱山で働いていたそうなんだ。何か訳あって教皇庁に行くんだそうだ」
 さきほどの男がサルファーにそう言うと、彼は目をクルッと見開いた後、本当に嬉しそうな顔をした。
「そいつぁ、有り難い。いろいろと聞きたいことがあるんだ」
「こっちもだ。その前に、あんたたちの今の状況が知りたい」
「今は、待機中ってとこだ。昨夜遅くに俺たちは、北から王都に入った。夜明け前にはここに着いてた。衛兵もあまりに人が多くて手を出せなかったんだ。嘆願書を突きつけ、王の返事を貰えるまでは帰らないつもりだと言ったんだ。 だが今朝になっても返事はまだだ」
 そう言われてスモーキーは、改めて辺りを見渡した。広場の中には北部から来た人々が、木陰を求めつつ、それぞれに座り込んでいる。男だけでなく女も子どももいる。広場から溢れた者たちも、町のそこかしこにいる様だった。
「腰を落ち着けて話をしないか?」
 スモーキーとジンカイトは、サルファーに誘われるままに広場の端へと付いて行った。木々と木々の間に綱を渡して些やかな小さい天幕が作られている。
「ちょっと狭いが入ってくれ」
 入り口に垂れ下がった薄汚れた布を巻き上げるとそこには老人が一人座っていた。
「こちらは北部の村々の代表者だ。長老って呼んでる」
「南部のお方が来たと、さっき教えてくれた者がおったよ、ささ、同志、座りなされ」
 サルファーは、スモーキーとジンカイトの紹介をし、彼らは円陣を組むようにして座り込んだ。
「あんたたち、北部の鉱山の事はどこまで知ってる?」
 そう聞かれてスモーキーとジンカイトは、小さな鉱山があるという知識程度で、それ以外は知らないと答えた。
「鉱山だけじゃないな。北部の事は他の事もあまり知らない」
 ジンカイトが付け加えた。
「だろうな。もともと北部は土が悪くて農地に使える土地が少なかったから、人も少なくてな、細々と暮らしてたんだが、五年ほど前にダークスの取れる山が見つかってから随分変わったんだ。採掘現場が三つばかり出来た。管轄地の鉱山からみれば微々たる産出量だが、このダークスは全部スイズのものだからな、すぐに、そのダークスを使えるよう製鉄所が出来、職人が集められたんだ。北部はどこの国とも接点のないスイズの北の端という位置も良かったんだろうな、武器や防具を作るのにさ 」
 ジンカイトとスモーキーは黙ってサルファーの話を聞き続けた。長老はじっと目を瞑っている。
「それでもそれだけならまだこんな事態になりはしなかった。北部でも徴兵が始まったんだ。戦火が強まると、武器や防具の損傷が激しくなる。現地でそれを治せる職人は重宝がられ戦地へと送り込まれた。人は減る一方、それなのに生産は増やせと言う。ダダスとの戦いが始まってからは、とにかく生産重視で、鉱山ではダークスの産出量をもっとあげろと言われ、工場では、剣と鎧、それに大砲の弾をどんどん作れと言われ、女、子どもを問わず借り出されその扱いは、奴隷並だった」
「どこも同じような状況だな……」
 スモーキーは呟いた。
「けど少し前からダークスの産出量が減ってきたんだ……」
 何かを含んだようにサルファーは言った。
「小さい山だからな……浅い部分では採掘の限界だったのだろうと思う。新たにもっと大きく深く坑道を堀れと命令が来たが、地質調査もなしにそんなこと出来るもんか! 仕方なく現状の坑道を様子見しながら広げたんだが、案の定、落盤事故で、ひとつ坑道をダメにしちまった。大勢死んだよ……。 俺の身内もな。それが、今回の行動のきっかけになった」
 話し終えた後、サルファーは涙ぐんでいた。続いてジンカイトが、南部の様子を話した後、スモーキーは、管轄地の鉱山の様子を話した。不正の事実があることも。彼らは各々の状況を話し終えた後、共に同じ目的を持った同志として、嘆願書の内容についてスイズ王城からの具体的な返答を貰うまで 、広場に留まり続ける決意を交わした。スモーキーたちだけは、一旦、教皇庁に向かい、不正の事実を明らかにすることにし、また後で合流することにした。
「心強いお仲間と出逢えて良かった。私たち南部からの者だけでは、嘆願書を出すのがやっとだった」
 ジンカイトは、長老に頭を下げた。
「いや、こっちこそ。北部だけでなく南部もということなら、スイズ全土の民の気持ちはひとつ、と言うことだ。王も耳を傾けないわけにはいかんだろう。鉱山の不正事実は、教皇庁を動かしてくれるだろうし」
 男たちは互いに微笑み合い、拳を軽く打ち付け合った。何かしらの共同の作業をし始める時にする仕草である。サルファーの大きな拳に、スモーキーの拳が合わさったその時、天幕の外で、叫び声が聞こえた。

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