第八章 蒼天、次代への風

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 マヴィスが、走り出して半時間ほどしたところで、彼は丘を越えて歩いてくるジンカイトたちを見つけた。止まれ……というような仕草をマヴィスは、走りながら繰り返す。
「アイツ……どうしたんだ?」
 ジンカイトは、皆を止まらせて、道脇に入るよう指示すると、自分はマヴィスの側に駆け寄った。
「落ち着け、息を整えろ。水……誰か水を」
 皆の元に着くなり座り込んだマヴィスの背中をさすりながら、ジンカイトがそう言うと、スモーキーが水筒を差し出した。
「か、川岸に、東の村から来た連中が、はぁはぁ……じ、十人ばかしいて、待ってたんだが、夜が明ける頃に……スイズ兵に見つかって……はぁはぁ」
「何っ?」
「嘆願書を持ってたんで、怪しまれて、兵舎に連れて行かれた……。お、俺は用足ししていて助かったんだ」
「ゼンもか?」
 スモーキーの問いかけに、マヴィスは力なく頷く。
「最近、徴兵逃れする者が多いからって、調べられるんじゃないかと思う」
 マヴィスの言葉に、スモーキーが渋い顔をした。
「おいっ、まずいんじゃねぇか? もしもゼンが、鉱山から来たってバレたりでもしたら……」
 大男が心配そう言うと、スモーキーは首を横に振った。
「あいつは機転の利くヤツだ。なんとか言い逃れしてくれてるだろうけど……」
「どうします、スモーキー? このままここで留まっていてもしようがない。予定通り、川原へと向かい、それから考えますか?」
 ジンカイトが、そう言うとスモーキーは頷き、彼らは再び歩き出した。
「連行された兵舎っていうのは、王都へ続く橋の側にある所だと思う」
「そうだな。南の兵舎だ。王都の手前にある兵舎は、南と北の二ヵ所。それと、ダダスとの戦いが激化してから、東に仮設されたものがあったな」
「東は、ルダ・ダダス進行の為の拠点にしている兵舎だし、わざわざ北までは行かないだろう。必ず南の兵舎にいるだろうが、身元を引き受けに行くわけにもいかんしな」
「それにしても、そんな明け方に、スイズ兵が川原を見回っていただなんてな」
「暴動まがいの行動を起こす連中がいるから、取り締まりを強化してる……みたいな事を言ってたぜ」
 ジンカイトとマヴィスの会話を、横で聞いていた大男が、チッとやりきれないように舌打ちした。
 やがて彼らは、川原に辿りついた。ジンカイトは、スイズ兵の巡回を恐れ、王都へと入る橋から離れた土手側の斜面に身を隠すようにして、皆を留まらせた。
「あたりの様子を見てくる。他の村の連中もいるかも知れない」
 ジンカイトは、郵便配達人の帽子と布鞄を掲げた。すると、サクルが立ち上がった。
「僕も様子見に行ってくるよ。僕なら、川原をウロウロしていても別に怪しまれないだろ?」
「ダメだ。何があるかわからん」
 スモーキーが、それを止める。
「大丈夫だよ。大人なら徴兵逃れしてようとしたとか怪しまれるけど、僕なら遊んでる子どもだと思うよ。父さん、いいよね?」
 サクルは、父親に了解を求めた。
「よし。だがこのあたりだけだぞ。対岸に渡ったりはするんじゃない」
「判ってるよ」
「すまないな。だが本当に気を付けてくれ。もし余所の村から来たような農夫たちを見つけたら、スイズ兵の取り締まりに気をつけて、この土手に集まるよう誘導してやってくれ。無理はしなくていいから」
「うん」
 ジンカイトとサクルが行ってしまった後、一行は草むらに座り込んだ。リュミエールだだけが一人、佇んでいた。彼の目には、対岸の王都が見えている。その向こうにスイズ城の塔の先だけが小さく見えている。旗を掲げる為の高い見張り塔の。その時、遠くで鐘が響きだした。と、同時にするするとその塔に旗が挙がっていくのが見えた。毎朝六時の鐘と共に掲げられることになっているスイズ王家の旗だった。その家紋までは見えないが、緋色に金糸で縁取られた色合いだけが微かに判る。
 リュミエール……と声を掛けようとしたが、クラヴィスもルヴァも結局、何も言えずにいた。まだ少年の、か細いはずだったリュミエールの背中が、責務を担う男のそれのように急に大きく、そして悲しげに見えるような気がして。

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