第七章 光の道、遙かなる処

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 こうして何事もなく採掘現場を出で数日が過ぎていた。夜になるとスモーキーたちは焚き火の回りで、火が費えるまで書き物をし、それがようやく形となったのは、三日目の事だった。持参していた水の補給の為もあって、スモーキー一行は、川のある場所へと南下するルートを選んだ。久しぶりの水辺に男たちは癒され たが、もう少しいたいと言うゼンとサクルに、スモーキーは、渋い顔をした。
「ダメだ。現場を出で四日。そろそろ追っ手がかかってると考えた方がいい。水の補給の為、この川の付近に立ち寄るだろうことは推測は出来るからな。長居はできない。川を離れて、ここからもう少し南下する。大陸横断列車の線路と平行するような形でしばらく進んで、それからまた南下。遠回りになるが、列車の線路を越えてヘイヤ側に入ろう。スイズの息のかかった所から少しでも離れた方が安全だと思う。さあ、行くぞ」
 スモーキーは、地図を見せながら、皆にそう伝えた。クラヴィスは立ち上がると、今し方、汲み上げたばかりの水の入った革袋を背負おうとした。その重さに、思わず足が縺れる。
「あっ、クラヴィス様、大丈夫ですか?」
 リュミエールは、革袋が上手く背負えるようクラヴィスに手を貸した。ルヴァはその姿を見て、やはりリュミエールは、クラヴィスと、かって何か関係があったのでは? と思う。誰に対してでも、労るような優しさを見せるリュミエールではあったが、クラヴィスに対しては、労うというのとは微妙に違う何かがあると。二人が旧知の仲であるとすれば、クラヴィスもまたリュミエールがスイズの末の王子であると知っていることになる。クラヴィスの言動から見ると、スイズの貴族層の出身ではないかと思われるが、だが、それならば何故、リュミエールが、クラヴィスを様付けで呼び、クラヴィスの方は、 王子であるリュミエールに何の敬称もつけずに呼ぶのかが解せない。自分とのような師弟関係が、この二人にあるとも思えない。そのことが気になりつつも、道中、リュミエールと二人きりになる機会がなく、様子を見ているだけのルヴァだった。
 
 翌朝、スモーキーたちは、それまでの荒涼とした原野から、野草の生い茂る地帯に入った。彼らは、その上を心地よく吹いてゆく初夏の風に背中を押されるようにして歩き続けた。
「ここらってだいぶ南に来たよね? 列車が通ったら、ここからでも見えるかなあ」
 とサクルが言った。
「ちょっとまだ遠いから無理かもな。お前、見たことないのか? オレ、いっぺんだけ乗ったことあンだぜ。鉱山の現場を移動させられる時にさ。一駅だけだけどな」
 ゼンは自慢気に言う。
「いいなあ」
「と言っても積み荷のダーグス以下の扱いだったけどさ。真ん中あたりのお偉いさんの乗る車両は、スッゴイんだって。お城の中みたいにふかふかの椅子があって、食い物も食べ放題なんだってさ」
「へぇぇー」
 サクルとゼンは、列車の話しをして仲良く歩いている。とその時、後の方を歩いていた鉱夫が、「おいっ、座れ!」と叫んだ。皆は、反射的に、その場にしゃがみ込んだ。生い茂る草に彼らの身は隠れる。
「見えるか……あそこ」
 座れと言った男が、後方を指さした。遙か向こうに砂煙が上がっているのが見えた。さらによく見ると、馬が三頭、西へと走っていくのが確認できた。
「スイズ兵か?」
 大男が声を潜めて言った。
「ああ……。追っ手かも知れねぇな」
 サクルの父親は、息子の肩をギュッと抱き寄せた。馬が走り去って見えなくなると、ようやく彼らは立ち上がった。
「よし。一刻も早く線路を越え、ヘイヤ国側に入ろう」
 スモーキーが、そう言うと一同は頷き、また歩き出した。
 だが、その後ろ姿を、先ほどのスイズ兵から遅れてやって来た別の騎兵が見ていた。かなり遠目で、どんな風情で何人いるかまでは、はっきりとは判らない。しかし、生い茂る草の合間に、南に向かって動く人の頭が、幾つか見えたのに彼は気づいた。騎兵は、スモーキーたちの後を追わず、先に向かっている仲間に連絡すべく、一旦、西へと進路を取った。それに気づくことなく、スモーキーたちは、歩き続け 、日がだいぶ傾きかけた頃、大陸横断列車の線路が見える位置にまで南下していた。
「サクル、ほら、あそこが線路だぜ」
 ゼンは、やや遅れて歩いているサクルの方を振り返り、前方の土手を指さして言った。
 自分の背丈ほどもある葦に手を焼きながら歩いていたサクルが顔を上げ前方を見るより先に、ゼンは、驚いたように立ち止まると「追っ手だ!」と小さくはあるがハッキリとした声で叫んだ。振り向いたスモーキーの目にも小さく、騎兵の一団が見えた。彼らは確実にこちらに向かって走っている。
「ダメだ。逃げ場がない。皆、身を屈めてじっとしてろよっ。この葦の原一帯から出るよりは、じっと身を潜めていた方がいいかも知れない」
 スモーキーは、そう言うと、身を低くし少しでもどこか隠れるのに適した所はないかと移動する。
「早く、ここへっ」
 リュミエールは、一段と深く葦の茂り、やや窪地になった所を見つけ、真後ろにいたクラヴィスとルヴァに声をかけた。そして地面に這うように身を低くした。馬の足音は次第に近くなり、軽い嘶きと共に止まった。
「どこに隠れている? 判ってるんだ。パメス鉱山の東の第一現場から逃亡した鉱夫たちだな?」
 スイズ兵と思しき者が叫んだ。辺りはシン……として風が葦を揺らすザワザワとした音だけが響く。
「誰が逃げたかも大体は判っている。見張りの役人を殺した連中以外は、ただの契約違反者。もし隠れている者がそうなら今、素直に出て来れば、きつく咎めはせん!」
 追い打ちをかけるように兵士が叫ぶ。
「だが、いつまでも隠れていると、役人の殺害者と見なす!」
 ザザッという音が響く。兵士が剣と槍で、威嚇のため自分たちの回りの葦を刈ったのだった。その時、一番、兵士たちの近くに身を潜めていた年を取った鉱夫が立ち上がった。一斉に、兵士たちは武器を構えた。
「ま、待ってくれっ。儂は契約違反しただけだ」
 両手を上げ、彼はゆっくりと兵士たちの近くに歩いた。その様子をスモーキーたちは、少し離れた茂みで感じていた。地面に這っている状態では見えない。ただ声の様子から投降したのが、一番年寄りの鉱夫で、早く歩けず足手纏いになっていることを気にしていた男だとすぐに判った。
「お、俺もだ」
 続いて、もう一人、鉱夫が立ち上がった。彼もまたいつも一番後方になってしまうことを気にしていた者だった。
「二人だけか? 他の連中はどうした? 判っているだけで十名ほどの者が逃げたんだぞ?」
「知らねぇ。儂らは、現場での事故にびびって、もう嫌になって逃げたんだ」
「契約違反者は厳しく罰せられると知っているだろう?」
「この歳だ、ダダス兵の捕虜を鉱山で働かせるんなら、どうせお払い箱になることは判ってるし。年寄りなら大目に見て貰えるだろうと思って……どうか見逃しておくんなさいよ、だんな」
 二人の年老いた鉱夫は、ぺこぺこと頭を下げながら言った。
「あいにくそういうわけにはかないんでな。他の者への示しが付かない。二人だけの収穫でも、よしとするか……手を縛っておけ、すぐに現場に送り返してやる」
 スイズ兵は、若い部下の兵士に命じた。
「二人だけというのは解せない。遠目に見た時、もう少し仲間がいたように思うぞ」
 そう言ったのは、スモーキー一行が南下して行くのを見つけた兵士だった。
「何ぃ? おい、じじい、隠すと痛い目に遭うぞ」
 兵士は馬を打つための鞭をこれ見よがしに振りかざして言った。
「知らん。儂らはずっと二人連れだっ……い、痛ッ」
 鉱夫が言い終わらないうちに、鞭が彼の腕を打った。袖口にみるみるうちに血が滲む。もう一人の鉱夫も思わず身を竦めたその肩先にも鞭がピシッと叩き付けられる。痛みに二人の鉱夫はその場に、うずくまった。もう一度、鞭が振り下ろされた時、溜まらず鉱夫は叫んだ。
「や、やめてくれっ。じ、実は、他にも仲間がいた。けど、儂らの足が遅いんで、途中で置いてけぼりになったんだ」
 咄嗟の言い逃れではあったが、いかにもひ弱そうな年寄りが言うとそれらしく聞こえた。
「やっぱりな。そいつらはどっちに行ったんだ?」
「こっちの方向だ……」
 鉱夫は、適当な方向を指さした。
「よし、二手に分かれよう。念の為、反対の方向を追ってくれ。私たちは一旦、ここから一番近い現場に、じしいどもを引き渡しに行く。とっとと歩け」
 リーダー各の兵士を二手に分かれる事を提案し、若い兵士が、手首を縛り上げた鉱夫たちに縄をつけ、無理矢理、ひっぱって歩かせ始めた。引きずられていく鉱夫の一人が、スモーキー の潜んでいる草むらの方向を、チラリと見た。他の兵士たちが、それぞれの方向に移動し、こっちを見ていないと知ると、彼は、“これでいいんだよ”というように、微かに頷いた。

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