第七章 光の道、遙かなる処

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  翌朝……朝、というには辺りはまだ暗い時間に、ルダから生還したスモーキーたち鉱夫と、この採掘現場から彼らに同行する者たちが、表門へと集まっていた。そして最後に、サクル親子が走ってくる。
「これで揃ったな、よっしゃ。行くぞ」
 大男が、スモーキーと共に前に出て言った。
「気をつけてな。役人が戻って来てもなんとか時間稼ぎしてやるから安心しな。俺だって、家族持ちじゃなければ本当は一緒に行きたいくらいだ」
 門番の鉱夫が、スモーキーに声をかける。
「ああ。頼む。こっちもきっちり教皇様に訴えて来てやる。さあ、行こう。とにかく夜明けまでに少しでもここから遠く離れないとな」
 スモーキーは、門番の肩を叩くと歩き出した。クラヴィスたちも後に続く。ふと、後を向けば、サクルがクラヴィスのすぐ後ろに付いていた。ニコッと笑って自分を見上げたサクルに、クラヴィス も微笑み返した。前方には、リュミエールとルヴァがいた。一行は、採掘現場を後にし、町のある方向とは逆の荒涼とした原野の続く方向へ歩く。
 誰もあまり喋らず、ひたすら西へ。一日目は、道を確認しながら、何ということもなく歩き続け、日の落ちる頃、山の麓に繋がっていく岩場に辿り着きそこに彼らは、荷を降ろした。 粗末な食事が済んだ後、早々と寝てしまう者や、簡易な五元盤に興じる者がいる中で、クラヴィスとリュミエール、ルヴァは、小さな焚き木を囲んで、スモーキーから、教皇庁へ提出するという書類の説明を聞いていた。
「これが例の帳簿だ。問題の怪しい箇所には既に印がつけてあるから、その数字と、こっちの帳簿の日付とを示し合わせて、その差を出して、書き綴って欲しいんだ」
 スモーキーは、帳簿をルヴァとリュミエールに手渡した。
「クラヴィス、お前は、現場で見た規約違反や不正の数々を書き記してくれ。なるべく具体的に。どんな些細なことでも構わない。俺はルダの現場で起こったことを書くよ。村がひとつ消えちまったこともな、全部書いてやる」
 スモーキーがそういうと、それぞれが作業に取りかかった。膝の上に置いた板を机代わりにして、書き綴っていた彼らは、一時間もすると無理な姿勢に疲れ、首や肩を動かしながら作業を進めた。一番、先に根をあげたのはスモーキーだった。いきなり立ち上がると、大あくびをして体をのばす。
「ちくしょう〜、年だな、俺も、背中がギシギシ言う。それにすぐに眠気が来る」
「あー、私もですよ、今、同じ所を二度、計算してしまいました」
 ルヴァがそう言うと、リュミエールとクラヴィスも手を止めて、体を解し始めた。首の関節をポキポキと鳴らしていたスモーキーが、「あ あ、いい夜だなあ〜、夜の精霊が逢い引きに行くような風が吹いてるなあ」と、夜空を見上げて行った。何気なく言った言葉に、ルヴァは反応する。
「おや、まあ。スモーキーさん、詩人のような喩えですねぇ」
「ルヴァ様、それは、スイズに古くからある戯曲の一節ですよ。こんな風に、穏やかな夜風が吹いて、星明かりに照らされた雲が、ふわりと流れていく夜空の中、夜の精霊が逢い引きに出掛ける 場面の舞台劇があるんです」
 それを観たのはいつのことだったろう……と思いながらリュミエールは言った。
「へえ、そうだったんですか。一度、ちゃんと、スイズ本場の劇を見てみたいものですねえ。でも、民には、あまり公開されいないのでしょう?」
 スイズの演劇は、貴族層のもので一般には見る機会がないものであった。その一節をサラリと諳んじたスモーキーを探るようにルヴァは尋ねた。
「さあ、俺もどっかで聞いただけだ。あんまり昔のことでどこで聞いたかは忘れた……」
 スモーキーは、誤魔化している……とルヴァもリュミエールもクラヴィスも思っていた。だが、ぞれぞれに秘密を心に収めている彼らはそれを口に出せずにいた。話しがそこで途切れ、皆は、また自分の作業の続きを始めた。しばらくして、 また作業に疲れると、彼らは、たわいもない話しをした。スモーキーは、上手い具合に、無口なクラヴィスにも話を振ってくる。ボソボソとではあるが 、話す彼の姿に、案外、楽しい所もある人なのだと、リュミエールとルヴァは思う。クラヴィスもまた然り。話しのテンポが合うらしく、誰かが誰かの会話を遮ることもなく、一人が話し終えると、ポツポツと次の誰かが話し出す。何年も鉱山の荒くれた仲間とともに過ごしてきたスモーキーは、そんな彼らを見て、“なんともまあ、おっとりした連中だなあ”と、心の中で笑っていた。そして、リュミエールとクラヴィスに関しては、その出生を、 やはり貴族層だなと確信するのだった。

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