第七章 光の道、遙かなる処

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 リュミエールの抱く疑問と同じものをルヴァも持っていた。彼の方は、クラヴィスの素性を知っても、いまひとつ実感がない分、遠慮もなく、その疑問を率直にクラヴィスに投げかけた。
「ねえ、クラヴィス。ずっと気になってたんですけれども。どうして貴方は、ジェイド公に命を狙われることになったか……。ある事情で、と言いましたけれども。ジェイド公が、皇妃様の気持ちを思いやって、ヘイヤの平民の女性の子である貴方を疎ましく思ったのなら、えっとですねぇ、もっと子どものうちにどうにかしたはずでしょう? 今頃になってそんなことになるのは、あー、彼にとって、貴方が都合の悪いことになったからとしか……」
 話しの内容とは裏腹に、ゆったりとした口調でルヴァがそう言うと、ぼうっと明るくなってきた空を見上げていたスモーキーが、慌てて視線をクラヴィスに戻した。
「お、おい。まだあるのか、お前の話には結末がよ……」
 スモーキーは一旦、そこで口を噤んだ。そして「やめてくれ……まさか……教皇は世襲だ。それは聖地からの力を、代々その子が引き継ぐからだ……」と呟いた。その呟きにリュミエールは思わず口元を押さえた。疑問の答えが、あまりにも思いがけなかったからだった。 
 リュミエールの脳裏には、次代の教皇は彼であると当然のように思っていたセレスタイトの姿が思い浮かんでいる。
 
「クラヴィス、お前が……お前が、その力を引き継いだっていうのか?」
 スモーキーは、頭を抱えたまま言った。
「前例では、教皇が気力や体力の衰えを感じ始める頃、聖地から賜った力は、割と短期間に子へと引き継がれるものだという。だが私は、幼い時からその力を少しづづ継ぎ、父と力を分かち合っていたらしい。その事がはっきりと判ったのが、私が東の辺境へと旅立つ少し前の事だった」
 クラヴィスは、観念したようにそう言った。リュミエールは、何も言葉が出ず、ただ固まったように、クラヴィスを見つめている。
「でも、ジェイド公は、どうして貴方の命を狙ったんです、どうしてそこまでするんでしょう? 皇妃様の兄なんですよ。クラヴィスが次代の教皇様になったって枢機官の地位は揺るぎないじゃありませんか? 血を分けていないクラヴィスがそんなに憎いんでしょうか?」
 ルヴァはそこが判らないという風にスモーキーとクラヴィスを見た。

「教皇庁を動かす者たちは、主に各国から選ばれた枢機官たちだが、その頂点に立つのが第一枢機官といって教皇不在の時などは採決権を持つ存在だ。スイズ国の王にも匹敵するほどの地位と言っても差し支えないだろう。教皇職が世襲であるが故に、教皇庁では、血縁関係に重きを置く風潮がある。代々、教皇と血の繋がりのある者が、それを務めることになっているんだ。その多くは兄弟がなるものだが、今の教皇の場合は、他に兄弟がいなかったため、確か従兄弟に当たるお方が、その地位に就いているはずだ。だから、ジェイドは、実力もあり、皇妃の兄でもあるのに、教皇とは血の繋がりがないために第二枢機官の地位にいる……」
 スイズでは、学業が優秀な貴族の子弟は、まず枢機官への道を親から勧められる。例え僅かな期間であろうとも教皇庁と係わることが出来れば家名は上がる。スモーキーの場合も例外ではなかった。そのせいで教皇庁の組織図や成り立ちについての知識を持っているスモーキーが、また黙り込んでしまったクラヴィスの代わりにそう話した。そして自分の言ったことが正しいかどうかを確かめるために、クラヴィスを強い視線で見つめた。

「……私が教皇になったとしたら、当然、第一枢機官は、唯一、血の繋がりのある私の兄、セレスタイトだ。私と血の繋がりのないジェイド公は、また第二枢機官止まりになってしまう」
「それだけならまだしも、新教皇誕生の際は、枢機官も一旦全員、解任されるはずだよな。各国からの代表の地位の兼ね合いから、もしかすると第二の地位さえ変わりうる可能性もある。けれど、妹の子であるそのセレスタイト様が、教皇となったならば、伯父として血の繋がりのあるジェイドは、第一 枢機官になれる。少なくともまだ若いクラヴィスが学業を終え、それなりの経験を積むまでの間は確実に」
 スモーキーがそう付け加えると、クラヴィスは黙って頷いた。そして、まだ口元に手をやったまま目を見開いているリュミエールに向き直って言った。
「セレスタイトを知る誰もが、次代は彼だと信じて疑わない。私もそうだった。リュミエール、兄をよく知るお前ならば判るだろう。どんなに兄が教皇として相応しいか」
 クラヴィスにそう言われて、リュミエールは、頷く代わりに瞳を閉じ、小さく溜息をついた。
「命を狙われた時、死んでもいいと思ったのだ。私が死ぬことで、私が聖地より承った力が、兄の元へ行くのなら、喜んで死ねると思ったのだ……。だが、私は死ななかった……」
 その気持ちに偽りはなかった。ラーバの家で意識を取り戻した瞬間でさえ、聖地よりの力が消えていなかったことに溜息が出たのだった。
「なあ、クラヴィス。教皇様が持つ聖地よりの力ってどんなものなんだ? この地をお創りになった聖地の女王様が、この地の秩序と平和と発展の為に教皇を置き、その力を代々、お授け下さっているんだろう 」
 スモーキーは、いつになく神妙な顔つきである。
「表向きには、教皇は、この大陸にある人々に、女王陛下の御名の下、平和と秩序を説く者として存在する。けれども本当は……。人の持つ負の感情……悲しみや憎しみ、嘆き、それらが積もって行き場を失ったものを、浄化するための力を有している存在。父はそれを、汲み上げた泥川の水を浄化し、真水に変える濾過装置のような存在なのかも知れないと言った。 時折、それは、決まって夜の闇と同調し、悪夢のような形になって襲いかかってくる。先ほどの酷い魘され様がそれだ」
 クラヴィスは、遠い目をして言った。あの日、あの教皇しか入れぬという塔の中で、静かにそう告げた父の顔を思い出しながら。
「教皇という存在には、そういう二面性があったのか……。その負の感情が、教皇様の中を悪夢という形となって通り過ぎ、浄化される……、それこそが教皇の真の力だと……」
 スモーキーの言葉に、クラヴィスは深く頷く。
「教皇の表と裏の職務……。ならば、私がその裏の部分を引き継ぎ、兄が表の……教皇として存在すればいいのだと心から思う。高潔で、誰にも心から祝福を与えられる人だ。だから、私が身を隠すことで、兄や父が私に見切りを付けてくれるかも知れないと思った」
「尊敬する兄の為に身を引く……美談のように聞こえるが、逆の立場なら、どう思う? それほどまでに心正しき人物なら、本質を伴わない上辺だけの教皇という地位に、どうして甘んじていられよう」
 スモーキーは、即座に容赦なくバッサリとクラヴィスの意見を切り捨てた。力なく項垂れたクラヴィスを見ていたスモーキーの目が、スッと穏やかに変わる。
「若気の至り、とはよく言ったもんだ。その考えが正しいと思い込んでしまう。俺もお前も、若くて浅はかだった……ってことさ」
 スモーキーは、自分の事を重ね合わせて言った。
「でも、お前はまだまだ若い。まだ間に合う、まだやり直せるし、そうしなきゃならないんだろう? 教皇様の体調が、最近思わしくないという噂は、俺も聞いたことがあるぜ。そのせいもあって、教皇庁に戻る決意をしたんだろう?」
 クラヴィスが心の中に持っているものを、もっと吐き出させようとするかのように、スモーキーは言った。
 

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