第六章 帰路、確かに在る印

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  皆の食事も終わり、そろそろ火を消そうかという頃になって、茂みの向こうでガサガサッと音がした。皆は一斉に静まりかえった。思わず、側にあった石や鍋の蓋を手にする者や、落ちている木の枝を掴む者たちもいる。スモーキーは、そっと立ち上がり、物音がした茂みに歩み寄った。
「誰だ!」
 と、スモーキーが、一喝するのと同時に、茂みの中から、銀色の短髪に、まだ細い体つきの少年が転がるように飛び出して来た。
「オレだよ、オレ!」
 慌てて名乗る少年に、「ゼンじゃねぇか!」と、彼の間近にいた男が叫んだ。
「驚かせやがって。すんなり出て来やがれ」
 別の男が、手にしていた石を手放しながら言った。
「すまねぇ、木の枝に服が引っかかったんだよ」
 ゼンは、破れた上着の裾を見せながら言った。
「バカヤロ! お前、今まで、どこまで行ってた? 偵察に出した他の二人はもうとっくに戻ってるのに」
 スモーキーは、少年の髪をぐいっと引っ張ると、怒鳴りつけた。
「痛てて。砂漠を越えて、駅馬車で三つ目くらいの町まで行ってたんだ。とっておきの情報があったぜぇ」
 ゼンは、スモーキーの説教など気にせず、得意気な顔をした。
「駅馬車って、お前、金もないのにどうやって?」
「この間のダダスとスイズの戦いのとばっちりで母ちゃんも父ちゃんも死んだ。だから、オレ、親戚の家に行こうと思って……そう言えば、馬車に乗せて貰えたし、食い物も恵んで貰えたぜ。帰りはその逆で、故郷の村が大変だーって、言えばよかったんだ」
 ゼンはそう言って、泣き真似をした。周りにいた者の中からドッと笑いが起きる。だが、スモーキーだけは渋い顔をした。そして隣にいたルヴァに、「すまないな。こんなときに。悪気はないんだ。コイツは 、小さい時に親を亡くしてるんだ。それに免じて聞き流してやってくれ」と小声で言った。
「彼は、私の家族の事など知らないのですし。お心使い、どうも……」
 ルヴァは、スモーキーの気配りに、抑揚のない声で、形ばかりの礼を言い、少年の得たとっておきの情報とやらに耳を傾けた。
「スイズ軍が、どんどん北上して、ルダの中央を抜けてダダス寄りに向かってるぜ」
 ゼンは、少し神妙な顔つきになってそう言った。
「いよいよ本格的にやり合うつもりらしいな」
 スモーキーは、顎を弄りながら、考え込むように呟いた。
「スイズ軍の連中、すっげぇ息巻いてたぜ。弔い合戦だって」
「弔いって、誰の?」
 大男が尋ねると、ゼンは勿体ぶった口調でさらに言った。
「スイズの一番末っ子の王子だよ。ルダ音楽院に留学してたんだとよ。それで、少し前にルダ城から、ダダスの密偵に誘拐されて、行方不明なんだってさ。兵士たちは殺されたって言ってたぜ」
 少年がそう言うと、ルヴァとリュミエールは、驚いて顔を見合わせた。
「スイズにゃ三人、王子がいたのかあ。二人じゃなかったんだな」
 誰かが言った。
「成人前の王子だろう。留学中と言うことは、世間への披露目もしていないまだ子ども……ゼンとたいして変わらないような歳なんだろうな。だから、その王子の警護にかこつけてスイズ兵が、ルダに在駐するようになったんだ。政略結婚ならぬ、政略留学ってヤツだな。ルヴァ、あんたルダ王城にいたんだったら、知ってるか、その王子?」
 スモーキーは、そう言うと、同意を求めるようにルヴァたちを見た。
「え……ええ。そういう方がいることは……」
 聞こえるか、聞こえないかの小さな声で、ルヴァはそう答えた。
「あの……ゼンさん、その話、本当なんですか?」
 リュミエールは、我慢できずに少年に尋ねた。
「何だ、コイツ? 誰?」
 ゼンは、スモーキーの背後に隠れるようにいたリュミエールの姿を見て言った。
「ルダの文官とその従者だ。麓の村のな、出身なんだそうだ。視察に来たのさ。悪いヤツらじゃない。明日、ここを発つことになってる。気にするな。それより、その話、本当に確かかどうか俺も気になるな」
 それを聞くと、ゼンは、また喋り出した。
「ここを出た後、砂漠を抜けた所の大きな町まで行ってみたんだ。駅馬車の御者のうち何人かは、城の門前の広場から来たらしくて、噂してたんだ。王子がいなくなって、城内大騒ぎで、スイズから来た王子付きの武官や文官が、ルダの衛兵はあてにならないからって、スイズ軍を呼び寄せて、城の周りを取り囲んで指揮を執ってるって言ってた。そのせいで、駅馬車は王都に出入りするのに、検問所が幾つも出来て面倒だって愚痴ってたんだ」
「で、王子が殺されたというのも間違いないか?」
「その後、オレは、駅馬車に乗せて貰って、次の次の町まで行った時、スイズ軍を見たんだ。三十人くらいの小さな隊だった。兵隊さんどこに行くのーって、無邪気なふりして聞いたら、王都に招集がかかったって言ってたぜ。王子の弔いだって、その時聞いたんだ 。本当かどうかは知らないけど、国からの伝令が来たって言ってたから、間違いないと思うけどなあ」
 すると、ゼンの話を聞いていた大男が、スモーキーに、ボソッと呟いた。
「しかしよう、本当に王子が殺られちまったんなら、スイズは絶対に退かねえだろうな。ルダにいるスイズ兵士たちを王都に集結して、一気にダダス軍を叩くつもりじゃねえか? 俺たちに取っちゃあ、チャンスだな 、注意がそれる」
「ああ……。こっちも明日……動くか」
 スモーキーは、そう呟いた後、立ち上がった。
「皆、聞いてくれ。ゼンも戻ったし、食料も残り少ない。明日、ここを出ようと思う、そのつもりで今夜はぐっすり眠れよ、さあ、解散だ、火を消すぜ。さっさと、坑穴に行け。ゼン、お客人を案内してやってくれ、どこか頃合いの場所に敷物でも用意してやってくれ」
「うん、判った。兄ちゃんたち、こっちだぜ、付いてきな」
 ゼンの後についてルヴァとリュミエールは坑穴に入った。冷んやりとした空気の中、奥へと進む。中はリュミエールが、思っていたよりは広い。まだここが活用されていた頃の古い道具が散乱していたり、休憩所 の名残がある場所もあった。やや行った所の大きな広い空間がそれだ。男たちは、そこにムシロを敷き詰め、薄汚れた毛布にくるまって寝ころび始めた。一段高い所、板を敷いた上に横たわっているのは、怪我人や比較的、年をとった男たちだった。
「こんなのしかないんだ。毛布は持ってる?」
 ゼンは、ルヴァとリュミエールのために、端の破れたムシロを置いてやった。
「ありがとう、ゼン。ええ、毛布は自分のものがあります」
 リュミエールはそう言い、荷物の中から二枚の毛布を引っ張り出すと、ルヴァと共に敷物の上に横たわった。しばらくして、最後にスモーキーが入ってきた。
「じゃ、火を消すぜ」
 彼が、手にしていた蝋燭の灯りを吹き消すと、辺りは真っ暗になった。寝付きの良い誰かがもう既にいびきをかいて眠っているが、皆、そんなことはお構いなしに、眠りの中に入って行った。だが、リュミエールは、土の湿った匂いが鼻について寝付けない。それに、先ほどのゼンの報告に、心がざわめきたっていた。
“私は……ダダスに拉致されたことになっている……もう既に死んだことにさえ……”
 ルヴァと同行することをあっさりと許してくれたあの文官の顔が、リュミエールの心に過ぎる……。

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