第六章 帰路、確かに在る印

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 やがて、辺りは薄暗くなり、坑穴前の僅かな広場に、小さな火が焚かれた。スモーキーたちは、歪な鉄鍋で料理を作り始めた。どろりとしたスープのようなものだった。その匂いに惹かれて坑穴の中から、わらわらと男たちが出て来た。ルヴァたちと変わらぬほどの年齢のものから、初老の者たちまでおり、スモーキーの言ったように中には怪我をしているものも何人かいた。大半の者は、ルヴァとリュミエールの方を、チラリと見ると、特には何も言わずに支給係の大男からスープを受け取って、それぞれの場所に座り込み食べ始めた。
「あんたたちの口に合うかどうか判らんけどな」
 スモーキーは、リュミエールが、その泥のような色をしたスープを心配そうに覗き込んでいるのを見て言った。
「これは何が入っているのですか?」
 リュミエールが恐る恐ると言った感じで尋ねると、スモーキーは軽く笑った。
「見た目は悪いが、変なものは入っちゃいないぜ。根菜と麦から作った乾物、それにそこいらで採った野草さ。いらないんなら鍋に戻してくれていいぜ」
「い、いいえ。いただきます」
 リュミエールは、慌てて口を付けた。昨日は丸一日、何も食べていなかったのだ。美味しいとは言い難いものだったが、それでも温かいものが喉を通っていく時、体がゆっくりと癒されていくような感覚がしていた。リュミエールは、ルヴァがちゃんと食べているかどうか心配で、チラチラと横目で彼の様子を確かめた。ルヴァは一応は、口をつけてはいた。一口含んでは、ゆっくりと飲み込んでいる。
「よかったな。文官さんも食べてるみたいだ」
 スモーキーは、そんなリュミエールの様子を見て小声で言った。
「ええ。ありがとうございます……スモーキーさん、もう二週間もここでこんな風に食事の支度をされていたんですか?」
「ああ。季節が春で良かったぜ。山菜が手に入るからな。冬場だったら、手持ちの乾物だけじゃどうにもならずに飢え死……どころか凍死してたなあ」
 スモーキーは、陽気に笑う。そして、真顔に戻って、「けど、手持ち食材も後二日分ほどで尽きる、なんとかしなくちゃあな。スイズ軍の動向を探らせるために、偵察に出してる者がいるんだ。最後の一人がまだ帰らない。そいつが戻ってきたらここを出発するつもりなんだ」と言った。
「貴方たちと出逢えて良かったと私は思っています。ルヴァ様にとって、本当の事が判って良かったと……」
 リュミエールの言葉に、スモーキーは頷いた。
「良くモノが判った坊ちゃんだ。あんたは、文官見習いなのかな? あのルヴァもそうだが、ルダには良い役人がいるな」
 スイズに比べて……と暗にそう言われているようで、リュミエールは少し俯いた。
「いずれルダは、スイズのものになっちまうんだろうな……あんたたちみたいな善良そうな役人にとっては辛いことになるかも知れないな。小さな領地は、大きな領地に飲み込まれてしまうしかないのか……」
 スモーキーは、独り言のようにそう言った。
「この戦いはスイズが勝つと?」
「ああ。ダダスも大国だが、スイズほど財政力があるわけではないしな」
「それに……ダークスをくすねてもいませんしね……」
 リュミエールは少し投げやりに言った。
「そうだな……。なあ、坊や、出身国の事を悪く言われるのは嫌か?」
 スモーキーの言葉に、リュミエールは顔を上げた。
「……」
 言葉が出なかった。出身国なだけではない。その悪政を行っているのは、自分の父と兄たちであるのだから。スモーキーの言うダークスの搾取が本当かどうかを差し置いても、スイズの国としての在り方に問題があることは、自国を離れてみて肌で感じているリュミエールだった。
「俺もスイズの出身だ……」
 スモーキーは、そう言って笑った。その笑顔が寂しそうなものに思えて、リュミエールは、彼の生まれについてさらに聞こうとしたが、それ以上の話を打ち切るように、スモーキーは立ち上がり、他の男たちの所に移動してしまった。リュミエールは、椀に残ったスープを最後の一滴まで飲み干すと、再び、ルヴァに視線を戻した。そのやつれた横顔に、リュミエールは、涙が溢れそうになった。自分が謝ることでも、また謝って済むようなことでもないのだけれど、師であり、友でもあるルヴァの悲しみと憤りを少しだけでも軽減できるのならば、どんなことでもするのに……と思うのだった。

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