第六章 帰路、確かに在る印

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「俺たちのいた教皇庁管轄地の鉱山は、ルダとスイズの間の一帯で、実際に管理してるのは、スイズ政府の役人なわけだ。ざっと三十ほど採掘現場があって、ひとつの現場に役人が 、数名づつ配属されていて、現場を監督してるわけだ。で、発掘された鉱物……ダークスの取り分だが、教皇庁が五分、スイズが三分、鉱夫が二分と決められてる」
「何もしないでも教皇庁には半分入るわけだよ」
 大男は、面白くなさそうに、スモーキーの言葉にそう付け加えた。
「ダークスは、大陸横断列車の燃料になるからな。あの列車は、教皇庁だけが使ってるわけじゃない。一般の民には直接には、縁遠いものだが、物資の輸送や郵便物なんかで間接的には恩恵を受けてるわけだから、教皇庁の取り分についちゃ俺は妥当なとこだと思うぜ」
 スモーキーは、冷静にそう反論すると話を続けた。
「スイズの取り分についても、鉱夫の為の厚生設備費も負担してることを考えりゃ、まあそんなところだろう。取り分の比率についちゃ問題はないんだが、最初から発掘された量が改ざんされてたとしたら?」
「十採れたものが、九しか採れなかった……と、教皇庁に申告するわけですね」
 ルヴァがそう言うと、スモーキーは、ニヤリと笑った。
「そう言うことさ。スイズはそうやって、ずっとダークスをくすねてやがったわけだ。けど少しくらいならそんなことは特にどうってことない」
「教皇庁に納めるべきものを搾取していたのが、どうってことないんですか!」
 リュミエールは、小声だが驚いたようにそう言った。
「潔癖性だな、坊ちゃん。どんな仕事でも現場で働く者が、ちょっぴり得をするのはよくある事さ、役得ってことで、そんなに目くじらを立てることじゃないさ。だがな、度を過ぎるとよくない。ましてや、それが弱者、俺たち鉱夫に皺寄せが来られちゃ困るわけだ」
 スモーキーは、醒めた口調でそう言ったが、リュミエールは納得できない風だった。
「ここ一年ほど、くすねる量が特に増えて来たなとは思ってたんだ。だが、教皇庁の監査が入ったら元も子もないからな。やばそうだと思えば、そこはほどほどにやってたみたいだ。で、スイズの連中は、くすね先を、俺たちの賃金や、設備費用へと向けたわけだ」
「ここ……一年ほど……?」
 リュミエールは呟いた。それは、兄たちの王権争いが激化し、ダダスとの関係が悪化した時期と一致する。
「スイズは、ダダスとの戦いに備えてたんじゃないかな。製鉄には、高温を出すことのできる燃料のダークスが欠かせない。戦争になれば、剣や矢、大砲の弾が大量に必要だからな。それに、良質の陶器やガラスを作るにもダークスは必要だ。どこの国でも、ダークスは余分に欲しいからな。良い値で売れる。極端な事を言えば、スイズがどこの国よりも潤っているのは、元来、教皇庁から管轄地にある鉱山の管理を任されていたから……」
「それでは、まるで、スイズがダークスの搾取をして大国になったみたいな言い方ですね……」
 リュミエールは呟いた。ルヴァは、リュミエールの心情を気にしながらも、何も言わずにいる。
「ともかく、大量にくすねる為には、新たに採掘現場を作ったり、勤務時間を長くしたりして、鉱夫を働かせる必要がある。前々から鉱夫の扱いについちゃ酷いものがあったが、それがますます酷くなり、もう黙っちゃいられないほどになった。で、俺はそうした搾取の証拠、つまりは二重帳簿の一部を手に入れ、それを盾に賃金の保障と幾つかの改善案を申し出たんだ。こっちの要求が通らない時は、証拠の帳簿を持って教皇庁に訴えるとな。話し合いは割合、すんなりと進み、春からは、劣化したねぐらの立て直しやら、いろいろと改善されることになったんだ」
 そう言うと、スモーキーは、一息ついて空を見上げた。
「それからしばらくして、ルダで新しい鉱脈が見つかり、助っ人として行ってくれないかという話しが舞い込んだ。さっきも言ったように、新しい採掘場を作る時、経験豊富な余所の者が現場を任されることはたまにあることだ。余分に手当も出るし、悪い話じゃないから、三十人ばかしを引き連れて俺は、ルダのサンツにやって来たわけさ。何も考えずにな。俺もバカだったぜ……」
 スモーキーは、今度は俯いて髪を掻きむしった。

「で、搾取の証拠を握った貴方を消す為に、スイズ軍が動いた……と?」
 ルヴァは、結論を急ぐようにそう言った。
「まあ、手短に言えばそういうことになる。おかしいと思ったんだ。助っ人に回された三十人のうち半分は、スイズの役人にとっては、古参の目障りな存在だった。残りの若い連中も、金の計算には頭が回る抜け目ないヤツや、反抗的な態度のヤツが多かった」
「でも、坑穴ごと吹き飛ばすだなんて……。せっかく見つけた鉱脈を潰すことになるんですよ」
 信じ難いと言うようにルヴァは首を振った。
「来てみれば、わざわざ助っ人が必要なほどの大きな鉱脈じゃなかったのさ。それで、俺はおかしいと気づいたんだ。それに、ルダの山だ。どうなろうとスイズは、痛くも痒くもないさ。ルダとダダスの戦いで、とばっちりを受けての事故ということなら、敗戦国が保障する義務を負うから、スイズが勝てばダダスから 補償金を搾り取れるしな。それに俺たちは教皇庁管轄地の鉱夫だから、採掘場での死亡の見舞金は、教皇庁が支払ってくれる」
「随分と……スイズは……」
 あくどいことを……とつい言いそうになったルヴァだが、リュミエールの手前、その言葉を飲み込んだ。
「まさか俺たちを殺るために、わざと南部付近で戦い始めたってことまではないだろうが、ダダス国境付近で起きた小競り合いが、南部での戦いへと進んだのを利用して、俺たちを消そうとしたお利口な策士がスイズにいたんだろうよ。ただ、村があんな風になっちまったのは誤算だったんだろうが……」
「誤算……?」
「たぶんスイズの大砲は、坑穴に村の連中までもが避難していたことは知らなかっただろう。出来れば、俺たちのいた発掘現場付近だけを狙うつもりだったはずだ。さっきの目撃した男の話によると、一発目の大砲は、やや外れて、月の涙から少しばかり上に当たった。二発目はドンピシャだ。前もって仕掛けられた爆薬の量が多すぎたのかも知れないな。すごい爆音がした。サンツ渓谷の鉱山は古くからあるから、蟻の巣のように幾つもの坑道同士が繋がっている。もう地盤自体が柔だったのかも知れない。連鎖反応というやつで、村人が逃げ込んだ坑穴を塞いでしまったのさ。その後、雨が降り、村の上部の山肌が一気に崩れた。緩んだ地盤は、木々をなぎ倒し、村は押し流された……」
 スモーキーが、言い終わると、ルヴァは俯いた。
「これが俺の知ってること全部だ。嘘は言ってない。あんたに報告の義務があるなら、どうか俺たちに逢ったことだけは伏せておいて貰いたい。坑穴で休ませてる怪我人や病人が、動けるようになるまで、ここに留まってたほうが安全だと思って今まで動かずにいた。もうだいぶ良くなったから、もう少ししたらここから出て行くつもりだ。だから、どうか誰にもこの場所や俺たちのことは誰にも言わないでくれ」
 スモーキーは、黙ったままのルヴァに頼んだ。
「これからどうするつもりです? 貴方たちは、死んだと思われているのでしょう? ここを出ても、元の教皇庁管轄地にある鉱山に戻れないのでしょう?」
 下を向いたままでルヴァが言った。
「もう殺されに戻るつもりはない。……かと言って、帰る故郷もない」
「故郷がない?」
「ああ。俺は、所帯持ちじゃないが、とっくに親のいる家を失ってるからな」
 そう言うとスモーキーは、大男の方をチラリ見た。
「俺は、ヘイヤから出稼ぎに来てるから故郷はあるけどよ。子だくさんで借金があるんだ。金を持たずには帰れない」
 大男は自分の事を話した後、木に凭れてずっと黙っていたもう一人の男の方を、顎でしゃくった。
「俺は……教皇庁の許しがなきゃどこへも行けない。ここに来たのだって許可されての事だ」
 男は暗い目をしてそう言った。
「あの……どうして許可がないと……?」
 リュミエールは、小声で、男にではなくルヴァに尋ねた。
「それは……たぶん……」
「スイズの役人を半殺しにしちまったんだよ」
 ルヴァが言いにくそうにしていると、男は投げ捨てるようにそう言った。
「鉱山で働き始めた頃、俺も若くて血の気が多くてな。ある役人から目の敵にされて酷い目に遭った。溜まりかねて大げんかのあげくの事だ。スモーキーが、仲裁に入ってくれて処刑は免れたが、俺は罪人。教皇庁管理の元でしか動けないのさ」
「まあ、抗穴にいる他の連中も似たり寄ったりの境遇だ」
「ずっとこの山の、坑穴の中で暮らすつもりですか?」
「いや、考えてることがある。あんたたちには関係のないことだからそれを話すつもりはない。ともかく、俺たちの所在だけは黙っててくれれば、少しばかりだが、食べ物と今夜のねぐらは保障する。今日は体を休めて、明日の朝、サンツ渓谷の入り口の村まで戻ればいい。夕方にはなんとか着くだろう」
「わかりました……。貴方たちの事は伏せて報告しましょう。村は……戦いに巻き込まれたということで……報告を……し」
 ルヴァは目を伏せた。喉が詰まって声が出ない。張りつめていた糸が、ふいに切れたように。
「すみません。しばらく一人に……」
 ルヴァはそう言うと、立ち上がり、皆から少し離れた木陰に移動した。
「日が沈みかけたら、ここで小さな火を焚く。そしたら飯だ。それまで好きにしてるといい」
 スモーキーは、ルヴァの背中にそう言った後、大男たちに向かって「おい、水汲みが、まだだろう?」と指示した。
「あの……私も何かお手伝いすることがあれば……」
 リュミエールがそう言うと、スモーキーは鼻先で笑った。
「そんな細腕で水を汲んで山道を歩くのは無理だ。薪だって割れそうにないな。第一、アンタには別の仕事があるだろう?」
「別の仕事?」
「あの文官さんの従者なんだろ? 側にいて見張ってろよ。こんな所で自害でもされちゃたまらん」
 スモーキーがそう言うと、リュミエールは慌ててルヴァの方を振り向いた。
「こんな田舎の貧しい土地から、ルダの文官になるってのは、あの若さで、並大抵じゃなかろう?」
 スモーキーは、そこいらに落ちた木の枝を集めながら大声でそう言った。少し離れた木に凭れているルヴァの耳にも聞こえてはいるだろうが、彼は返事をしない。
「ルヴァ様は、ダダス大学を最短記録で、首席でお出になったんです。村の採掘権を得るために……」
 リュミエールが、ルヴァに代わって答えた。
「ここに来た時、俺は代表として村長さんとこに挨拶に行ったんだ。病人や怪我人が出た時、世話になるのは一番近い村だからな。その時、自慢気に村長が言ってたぜ、村から文官になった者がいるから永久採掘権が得られたって」
 スモーキーは、枯れ枝を拾う手を休めずに言った。ひとつ所ににそれらを積み上げては、また枝を拾い続ける。
「もう……村は無いんです。もう何も。父さん……母さん……も、たぶん」
 ルヴァはそう呟くと、その場に座り込んだ。
「で、でも、もしかしたら、どこかに避難し……」
 そう言いかけたリュミエールを、スモーキーが止めた。
「村が、あんなになってもう二週間ほどになる。俺たちもこの辺りの様子は毎日見張ってた。助かった者がいたらそれなりの気配はあったはずだ。よけいな慰めはよせ。現実を受け止めないと、あの文官さんは立ち直れないぜ」
 その言葉に、リュミエールはハッとした。前にルヴァから聞いたあの言葉を思い出したのだ。

 『自分の宿命を受け入れなければならない。王の子として生まれたならばそれを、貧困の中に生まれたならばそれを。まずそうしないと決して前には進めない』
 それは、ルヴァの父の言葉でもある。
「苦労して文官になったんだ。村が無くなってもあんたの学んだことは消えやしない。妙な考えを起こさず、まっとうに生きてりゃ、いずれ、あんたにも新しい家族が出来る、きっと立ち直れる。……さぁてと、枝はこれくらいでいいな。俺も水を汲んでくるとするか」
 スモーキーは、リュミエールの肩をポンと叩いて、ルヴァの方を見た。そして、「目、離すんじゃないぞ」と小声で言った。頷いたリュミエールは、ルヴァのいる木陰の側に行った。だが、彼にかける言葉は、何一つ思い浮かばなかった。

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