第六章 帰路、確かに在る印

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 ルヴァとリュミエールが、男たちに連れられて辿り着いたのは、月の涙を山伝いに半時ほど西へと進み、その後、山中を少し登った場所だった。彼らは辺りを見回して、他には誰もいない事を確認しながら、低木の茂みを押し分けて中へと入った。 するとそこは明らかに人の手が入った広場のような場所だった。その奥の山肌に、洞窟の入り口のような穴が見えた。
「ここは古い坑穴でな。今は廃坑になってる。ちょっと待ってろ。スモーキーを連れてくる。スモーキーというのが、俺たちの頭だ」
 そう言うと、大男を見張りに残して、もう一人の男は、薄暗い穴の中へと入って行った。少しして先ほどの男に連れられて、一人の男がやって来た。着ているものは他の男たち同様、薄汚れた鉱夫のそれであるが、がっしりとした体格と精悍な顔立を持つ壮齢の男だった。彼……スモーキーは、リュミエールとルヴァをザッと見ると、肩まである茶色い髪の間に指を入れてクシャクシャと掻いた。
「すまない。あんたたちに危害を加えるつもりはまったくないんだ。ただ……。俺たちはある理由があって、ここに居ることを知られたくない。俺たちに逢ったことを誰にも口外しないと約束してくれるか?  まあ、近づきの印に一本……」
 突然そう切り出した彼は、ルヴァに向かってポケットの中に突っ込んであったいかにも古そうな煙草を差し出した。
「煙草は結構です。誰にも口外しないように……と仰いましたが、私は、ルダの文官としてこの地の視察に来ました。貴方たちが何者で、何故、この地に……潜伏するような真似をしているのか、場合によっては、上へ報告する義務があります」
 先ほどまでの気の抜けた様子とは違って、ルヴァは、挑むような目つきで彼を見ている。リュミエールは、その姿に心の中で安堵し、ルヴァの背後に身を引いた。
「もっともだな……」
 スモーキーは、そう言った後、しばらく何かを考え込むように俯いた。
「私は……知りたいんです。あの村の様子……、何故、あんな風に壊滅状態になってしまったのです? 村人は、一体どうなったんです? 避難しているならどこへ? 知っていることがあるのなら、どうか教えて下さい!」
 ルヴァは、声を絞り出すようにして叫ぶと、彼の服を掴んで問いつめた。 ほっそりとしたルヴァが、体格の良いスモーキーに食い下がっても、彼はびくともせずに、ルヴァに体を揺さぶるままにされていたが、慌てて側にいた男たちが、乱暴にルヴァを引き離した。ルヴァは その拍子によろけて、はぁはぁと息を継ぎながら、倒れ込むようにしゃがみ込んだ。
「ルヴァ様! 大丈夫ですか?」
 リュミエールは、思わずルヴァに駆け寄った。そして、男たちとスモーキーの方を、振り返った。
「ルヴァ様は、あの村のご出身なんです! ご両親が村にいらっしゃったんですよ! 視察は帰郷を兼ねての事だったんです」
 リュミエールの言葉に、スモーキーたちは静まりかえった。
「そうだったのか……。判った。知ってる事を話す。けれど、取り乱したりせずに、どうか落ち着いて聞いてくれ。今から話すことには、俺自身の憶測も入ってるが、嘘はついてないと誓う」
 スモーキーは、ルヴァとリュミエールの側に座り込んだ。それを見守るように、大男たちは彼らの後の木に凭れた。

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