第六章 帰路、確かに在る印

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 翌日、昼前になってようやくクラヴィスは目を覚ました。ぼんやとした目で、部屋を見渡すと、鏡台の前で髪を結い上げているガネットがいた。
「お早う……っていうには遅すぎるわね。気分、どう?」
 ガネットは、クラヴィスの起きた気配に気づくと、彼の為に、水を入れてやった。それを受け取ったクラヴィスは、礼を言うように小さく頭を下げ、水を一気に飲み干した。そして、髪を手櫛で整えると、立ち上がった。
「非番なんでしょ。もう少し居てもいいのよ」
 ガネットの言葉に、クラヴィスは首を振り、布鞄の中から、一晩分の代金を取り出して、テーブルの上に置いた。そして、 「ありがとう」と、ボソッとそっけなく、クラヴィス は言った。ガネットは、襟足のほつれ髪を手直ししながら、「こっちこそ、いつも、ありがと」と言った。そして、さりげなく、 「ああ、そうだ。ねぇ、あんた、兄さんいる?」と言った。ふいにそう聞かれて、一瞬黙り込んだクラヴィスに、ガネットはさらに言った。
「この前、別の鉱山町に出掛けた時、雰囲気の似た人を見たもんだからさ、同じような黒い髪だったし」
 ガネットは、作り話をし、彼が何と言うか待った。
「いるけども、私には似ていない」
 少し考えてクラヴィスはそう言った。
「あら、なんだ、他人の空似だったんだ。ねえ、兄さんって名前、何て言うの?」
 と、ガネットが尋ねた時、クラヴィスは、既に扉を開けて出て行こうとしていた。ガネットの問いかけは聞こえていたはずだが、彼は、何も答えず、扉を閉めた。
“セレスタイト……”
 クラヴィスは、扉を閉めた後、心の中でそう答えた。

 薄暗い酒場を出たクラヴィスは、晴れ上がった空の、太陽の眩しさに一瞬、立ち眩みを起こした。瞳を閉じて、座り込みたい衝動に駆られたが、かろうじて思い留まった。目を閉じると、昨日の悪夢……がまだ足下にいるような気がしていた。昨日のものは、妙に現実味を帯びた悪夢だったとクラヴィスは思う。曖昧とした絶望感ではなく、心を残して不本意に消えてゆかねばならない幾つもの命が、淀んだ水の中で浮き沈みしている、そんな夢だった。
 ルダで、スイズとダダスが本格的に戦い始めたらしいという噂は、鉱山の小さな発掘現場の村にも流れている。
“たぶん、どこかそう遠くない所で、戦いの犠牲になったものがいるのだろう……”
 クラヴィスはそう思った。死に逝く者を悼み、祈る気持ちはあるけれど、その者たちの悲しみや恨みを何故、自分が肩代わりするように苦しまなくてはならないのか、聖地よりの力故に……。そう思うとクラヴィスは、やるせない気持ちになるのだった。
 それから数日後、教皇庁管轄地の鉱夫仲間の間では、名の通ったスモーキーという男が、スイズとダダスの戦いに巻き込まれ、出向先のルダの鉱山で死んだという噂が、クラヴィスの耳に届いた。二、三回、言葉を交わした程度だったが、その男の風貌や、聡明な様は、クラヴィスの記憶にも残っていた。劣悪な環境に置かれた鉱夫たちの生活を改善するために、奔走してくれていた彼の訃報に、誰かが、冥福を祈ろうと言い出した。ルダの方向……東に向かって、頭を垂れる者たちに混じって、クラヴィスもまた同じように、祈ろうとした。その時、奇妙な予感が、クラヴィスの裡に走った。
 “スモーキーは、生きているのかも知れない……”
 何故、そんなことを感じるのか、自分でも判らなかったが……。

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