第六章 帰路、確かに在る印

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 旧坑道の穴の前で、座り込んでいるサクルの父親の耳に、微かに息子の声が聞こえた気がした。俯いて涙ぐんでいた男がハッとして顔を上げた。続いて低い男たちの声で、確かに「おーい」と聞こえる。
「サクルッ!」
 父親は立ち上がると、後ろにいるスモーキーたちを振り返って見た。
「い、今、声がした!」
「俺も聞いたぜ!」
 隣にいた男も興奮した様子でそう言い、こっちへ来てみろと、スモーキーたちに向かって手招きした。
「本当か?!」
 スモーキーたちは、坑穴前に駆けつけ、「おーい、おーーーい」と叫んだ。同じように穴の中から、叫ぶ声がする。と同時に歓声のような声も。
「上がってきた……助かりやがったんだ! 誰か小屋で待ってる連中にも知らせてやれや!」
「よし。こうしちゃいられねえ、飯の用意だ」
 何人かの男が、小屋に向かって走り出した。ルヴァとリュミエールは、彼らを出迎えるために、カンテラの灯りを大きくして坑穴前に佇み待っていた。
「お父さん、お父ぁぁさーん」
 サクルの声が、すぐそに聞こえ、父親はたまらず坑穴の中に走った。その時、坑穴の中から、黒く蠢くものたちが這い上がるように出て来た。リュミエールは、それがダークスの粉塵にまみれた人間であると思えずに驚いた。目の部分だけがギョロリと光っており、それで初めて人であると認知し、安堵したのだった。
「サクル、サクルゥゥ」
 父親は、自分が汚れるのも構わずに息子に抱きつき大泣きしていた。
「あ、兄貴?! 兄貴じゃねぇか!」
 サクルの後方にいた若い男が、頭の先から突き抜けたような声を出して叫んだ。
「おうっ! ばかやろう、心配かけやがって……」
「ルダの新採掘場で、スモーキーと一緒に死んだって……役人に言われたのに……、一体、どうして……」
 若い男は、兄の肩を叩きながらまだ信じられない風で言った。
「おあいにくさま、俺は死んじゃいないぜ」
 スモーキーが、自分の顔がよく見えるようカンテラを翳しながらそう言うと、他の助かった者たちの間からも、驚きの声が上がった。
「スモーキーだ! 生きてやがった!」
「本当だ、スモーキーだ、よく無事で……」
 汚れて真っ黒になった男たちは、スモーキーの周りに集まった。
「おいおい、無事で生きてやがったのは、お前たちの方だろう? ともかく助かって良かった……。生き残ったのはお前たちだけか?」
 スモーキーは男たちを見渡して言った。
「ああ。班の頭や古参の者は、最初の爆発に巻き込まれた。その後、その落盤箇所の前で、何人かが残ったんだ。クラヴィスが思い出した旧坑道に行くか、助けを待つかで別れて、結局……。スモーキー、あんたはルダで一体、何が?」
 汚れた顔を拭いながら男はそう言った。
「そうか……。俺たちのことは……まあ、後回しだ。先に風呂と飯だろ?」
 スモーキーは、時間を気にしながら言った。
「スモーキー、サクルを洗ってやりたいんで、俺も一緒に風呂に入るよ。その時、あんたの事情は、皆に話しておこう」
 サクルの父親は、息子の肩をしっかりと抱いたまま、そう言った。
「そうだな。頼む。俺たちも腹が減った。先に食堂で何か食わせて貰おうや」
 スモーキーは、ルヴァやリュミエール、仲間たちに声をかけた。一同は、裏庭のゴミ処理場から離れ、食堂や風呂のある居住区へと歩き出した。助かった友や身内を労いながら、笑い合い歩く者たちの後から、クラヴィスは一人で歩いていた。
 リュミエールは、この時はまだ、彼が自分の知っているクラヴィスだとは思っていなかった。目以外は、真っ黒に汚れその面影どころか、顔の輪郭さえ見えない状態だったのだ。スモーキーは、クラヴィスの後ろ姿に、声をかけた。
「よう。クラヴィス。旧坑道の事、よく思い出したな。偉いぞ」
 子どもに言うようにスモーキーは褒めた。
「あんたが出口を開けておいてくれたのか?」
「ああ。でも、お前が旧坑道の事を知っているはずと思い出してくれたじいさんに感謝してくれ」
「あんたも……生きていて良かったな」
「まったくだ。為すべき事があるうちは、そう簡単に死なせて貰えないものかも知れないな」
 スモーキーは、何気なくそう言った。その言葉に、クラヴィスはハッとした。
「どうした?」
「いや……別に……」
 クラヴィスは、またすぐに俯いた。
「さあ、風呂に入って、さっぱりしてこい。男前が台無しだぜ」
 風呂場のある小屋の前に来ると、スモーキーは笑ってクラヴィスの背中を軽く叩いた。

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