第六章 帰路、確かに在る印

 18

  
 旧坑道の出入口が埋まっているという瓦礫の前まで来ると、体の大きな力自慢の鉱夫たちが率先してそれを退けだした。たちまちのうちに暗い坑穴が見えだした。
「もしすぐに旧坑道に気づいて上がってきたとしても、そうだな……後一時間以上は掛かる……迷っていたらもっとかかるかも知れん」
 旧坑道を知っている年寄りが言った。
「この穴を降りて助けに行ったほうがいいんじゃねぇか?」
 気の短い若い男の言葉に、年寄りが首を振る。
「十年も使われてなかった古い坑道だ。中がどんなになっているかわからん。迷う可能性もある。捜しに行った者が戻ってこれないで、 捜される立場になってしまうことにもなりうる」
 スモーキーもそれに同意した。そして、瓦礫のひとつだった大きな岩の上に乗って、皆を見渡した。
「ともかく、今は、待っていよう……おい、皆、ちょっと聞いてくれ。時間がないから、手短に話す。聞いてくれ。ルダの新採掘場の話は、俺たちを煙たがった役人たちの嘘だった。スイズ本国からの命令だと思うが、スイズとダダスの戦いのどさくさに紛れて坑穴ごと大砲で打ち崩して、俺たちを消そうとしやがったんだ」
 それを聞くと皆が、一斉に騒ぎ出した。スモーキーは、それを宥める仕草をし、話を続けた。
「怪我人は出たが俺たちは助かり、しばらくの間は隠れていてこうして戻ってきたわけだが、生きていると判ったら、今度こそどうなるかわかりゃしない。俺は、スイズのダークス搾取の証拠を握ってる。これを持って教皇庁に訴えに行こうと思ってるんだ。紹介が遅れたたが、この二人は、途中で知り合った連中でな、彼らも教皇庁に用があって行くんで同行して貰ってる。詳しく話している時間はないが、まあ仲間と思ってくれていい」
 スモーキーは、いかにも場違いなルヴァとリュミエールを紹介した。男たちは、チラリと二人を一瞥すると気に留める様子もなく、すぐにまたスモーキーに注目した。
「なんとかルダから生き延びて、その道すがら、この現場で事故があって、役人が殺されたみたいだと、様子見に行かせた者から報告があって来たわけだ。他の役人は、ここから一番近い採掘現場に逃げたんじゃないかと思うが、戻ってくる時は兵士たちを連れてくるだろう。俺たちはそれまでに 、ここを出なきゃならない 」
「ここにはあんたのことをチクるヤツはいねぇよ。安心しな。なあ」
 誰かがそう言うと皆、一様に頷いた。
「スモーキー、役人たちは、馬で北へ向かったぜ。西の第二採掘場に向かったに違いねえ。馬を飛ばせば、第二現場には日の落ちる頃には着く。けど、西の第二採掘場は、ここと一緒で兵士は、在駐していない小さな現場だ。兵士たちは、北の第一採掘場から連れてくるしかない。となると、どう早く見積もっても連中がここに戻ってくるのは、明日の夕方だぜ。せめて今夜は、ここで休み、明日の朝にでも出発したらどうだ?」
 後方にいた男が叫んだ。
「でも、役人だけが戻ってくるかも知れねぇぞ」
「軟弱なヤツらのことだ。今夜は向こうの現場で休み、明日の朝、帰ってくるのがせいぜいだろう。しばらくは大丈夫だと思うが、念のため俺が、門の見張りに立つ。役人が戻って来たら鐘を鳴らし、なんとか時間稼ぎをする。その間に逃げればいい」
 男たちはスモーキーのために出来ることしようと申し出た。
「皆、ありがとう……だが……」
 早くここを発つにこしたことはない……スモーキーはそう考え、一瞬、躊躇した。
「スモーキー、頼む。一晩じゃなくてもいい。後一時間か二時間、弟が無事かどうかだけでも確認したい」
「俺からも頼む! 穴ン中の連中が、生きてここから出て来るほうに望みをかけたい。確かめさせてくれ」
 身内が坑穴に入っているという仲間の鉱夫たちが叫んだ。
「そうだな……。じゃあ、もう少しだけここにいようか……食料の調達もあるしな……」
 スモーキーがそう言うと、三人の鉱夫が神妙な顔をして、話があるとばかりに近寄ってきた。
「スモーキー、俺たちも連れて行ってくれないか?」
 そのうちの一人が言い出した。
「勝手に現場から出ると契約違反で咎めがあることは知ってるだろう?」
 一応、スモーキーはそう言い、彼らの反応を待った。
「あの役人を殺っちまったのは、俺たちなんだ。あんまり腹が立って、何回か殴りつけたら……」
「あの役人は、俺たちを騙してルダに行かせた張本人だから俺も恨みがあるが、三人で一人をタコ殴りにしたのか?」
 努めて穏やかな声で、スモーキーはそう言った。
「面目ねぇ……。けど、決して殺そうとたわけじゃない。転んだ拍子に頭を石にぶつけたのが致命傷になったんだぜ。それによ、あんたがルダに行ってから、ここの待遇はまた元通りになったんだぜ。いやそれ以下だ。それに捕虜のダダス兵士を使うから人員削減で、中の連中は見殺しにするような態度を取りやがったから、ついカッとなって」
 しんみりとそういう男の後から助け船を出すように、別の男が、「中には、十一にしかならないガキも鳥持ちで入らされてたんだぜ。昔、あんたが苦労して教皇庁と交わしてくれた労働規約なんざ、あってないようなものになっちまってたんだ」と言った。
「なんだと?」
 スモーキーは、それを聞いて思わず声をあげた。
「ここにいたら戻って来た役人に俺たちは間違いなく処刑される。役人を殺した罪は死を持って償えと言われるなら仕方ない。けど……一言、教皇様に訴えてからでないと死にきれねぇ」
 三人の男は、スモーキーに縋るようにそう言った。別の男もスモーキーに懇願する。
「待ってくれ、俺も連れて行ってくれ。俺は、その鳥持ちの子どもの親だ。役人に言われるままに鳥持ちをさせた俺が馬鹿だった。息子が鳥持ちをさせられてた事は、労働規約違反の証拠になるだろ? 教皇様にそのことを訴えてやる。もし息子が生きて戻って来たら、もうここから足を洗いたい。少なくとも息子だけは鉱山で働かせることはしたくねえんだ」
 スモーキーは、皆の顔を見渡した。疲れて、薄汚れてるのはいつものことだったが、皆一様に今の境遇に対する怒りをその目に宿している。スモーキーは、彼らの肩を“判った”というように叩くと何も言わず頷いた。彼らの後で、ルヴァとリュミエールが、青ざめた顔をしているのが、スモーキーの目に入った。二人とも事故の興奮の冷めやらぬ現場の殺伐とした雰囲気にショックを受けているようだった。
「大丈夫か?」
 スモーキーは、二人に声をかけた。
「は、はい……」
 リュミエールは、小さな声で答えた。
「村の近くの採掘現場しか知らなかったもので、こんな大きな現場の雰囲気に圧倒されてしまって……」
 ルヴァはそういうと大勢の鉱夫たちをチラリと見た。
「これでも規模から行くと、教皇庁管轄地内ではかなり小さい方さ。他の所はもっと大きい。顔色が悪いな、どこかの小屋で少し横にならせて貰うか?」
 スモーキーの申し出に、二人は同時に首を降った。
「いいえ。ここで、坑穴の皆さんが無事で上がってくるのを待ちます」
 ルヴァはそういうと、ぽっかりと空いている暗い空間を見た。その前で、さっきの鳥持ちの少年の父親が、力なく座り込んでいる姿が見える。
「クラヴィス、頼む、思い出してくれよ、この旧道のこと……、頼むぞ……」
 と彼は呟くと、地面に頭を擦りつけんばかりにして拝んだ。
「大丈夫だ。クラヴィスは頭の良いヤツだ、きっと思い出してるって」
「そうさ、いつも何を考えてるかわからねぇ所があったけど、案外、冷静なヤツだったしな」
 何人かの男が、そう言い彼を慰める。
 先ほどから鉱夫たちの口から何回も出ているクラヴィスという名前に、リュミエールは、この時まだ何の思いも持ってはいなかった。クラヴィスという名前は特に珍しいものではなかった。ヘイヤ出身の男の名前には、ヴィスという音が付く者が多く、ルダ音楽院の学友の中にも同名の者がいた。ましてや鉱山で働く男が、あの教皇の第二皇子であろうなどと、露ほどにも思ってはいなかった。
 もうじき日が暮れようとしているその中で、男たちの作る長い影が、坑穴に向かって幾つも幾つも延びている。まるで、救いの手を懸命に、差し伸べているようだと、リュミエールは思った。

■NEXT■

 読みましたメール  あしあと ◆ 聖地の森の11月 神鳥の瑕 ・第二部TOP