第六章 帰路、確かに在る印

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 スモーキーたちが、現場にやって来た頃より時は少し遡る。坑道での爆発音に、後方にいたクラヴィスたちは、思わず身を竦めた。互いに顔を見合わせた後、恐る恐る前に進み出した。
「塞がってる……」
 今の爆発で落盤し、先に続く坑道が完全に塞がっていた。
「様子見に先に歩いていた頭たちは……?」
 誰かがポツリと呟いた。小規模な爆発だったとはいえ、先行して歩いていた者たちが巻き込まれたことは明白だった。声をあげてその者たちの名を呼ぶが、何の返事もない。
「なんとか崩せないか?」
 鉱夫たちは、落盤した土砂や瓦礫に体をぶつけたり、押したりした。
「ダメだ……びくともしやしねぇ」
「下に置いてきた山堀の道具を全部持ってきて、掘ればどうだ?」
「下手に掘るとまた落盤するかも知れないぞ」
「それにこの落盤の向こうで、まだガスが溜まってたらまた爆発するかも知れねぇし、火が出てるかも知れねぇし……」
「何、弱気なこと言ってんだ。このままじゃ酸欠で死んじまうぜ」
「いや、体力の消耗は避けるべきだ。この程度の落盤なら、外の連中が、すぐに掻きだしてくれるはずだ」
 皆、思いついたことを口にしている中、鳥持ちの少年が、溜まりかねて、声を殺して泣き出した。だが、嗚咽が漏れ聞こえ、皆は静まりかえった。一人、また一人とその場に座り込む。
「空気が薄くなってきたように思わねぇか?」
 誰かが言った。
「うるせぇ、判りきったことをいちいち言うな」
 苛立った声で誰かが答える。次に誰が、どんな言葉を発するにも勇気がいるような殺伐とした雰囲気の中で、クラヴィスが、「旧坑道から出よう……」とポツリ……と言った。
「旧坑道?」
 男たちは、クラヴィスを一斉に見た。
「十年ほど前に使ってた古い坑道がある」
「聞いたことはある。でもどこにあるんだ?」
「この坑道の斜め、やや上になる位置にあるはずだ。第四区域の横穴にある扉から入れる」
「第四……最下層部か。だいぶ後戻りしなきゃなんねぇな……」
「本当にそんなとこから上に上がれるのか? 古参でもねぇお前がなんで旧坑道のことなんか知ってンだ?」
「その扉の修繕をした時に、同じ小屋のじいさんから聞いた」
「十年も使われてなかったんだぞ。本当に上まで続いてるのか?」
「そのまま出入り口だけ封鎖したと聞いた」
 クラヴィスの言葉に、何人かの者が希望を見いだすように微かな喜びの声をあげた。
「上まで続いてるとしても、出口はどうなってるんだよ? どこにあるんだ?」
 そう尋ねたのは、最近余所の現場から入って来た入れ墨のある男だった。
「詳しくは知らない。裏のごみ処理場のあたりにあると聞いた」
「そんな出入り口、あったか? 誰か知ってるか?」
 男は声を張り上げた。
「それらしい場所と言えば、山肌沿いに瓦礫の積んであるところがそうじゃねぇか?」
 何人かが無言で頷く。
「は! じゃあ上まで上がれたとして、その瓦礫をどかさないと出られないわけだろう?  誰が俺たちがそこから出て来ると知ってる? 誰も気づいてくれなかったら? 結局はどこも塞がってるんだ。それなら、ここにいて助けが来るのを待ったほうが確実じゃねぇのか?」
 男は、そう言って、その場に座り込んだ。
「それもそうだな」、と何人かの男も同じように座り込んだ。
「掘る道具はある。瓦礫程度ならなんとかなるだろう。私は、旧坑道を上がる……ここはまだガスの匂いが残っている。また爆発するかも知れないし、助けがくるとは限らない」
 クラヴィスは、そう言うと、しくしくと泣いている鳥持ちの少年を見た。そして「鳥持ち……お前は、どうする?」と尋ねた。
「ぼ……僕……」
 少年は、クラヴィスと、男と交互に見た。見るからに人相の悪い入れ墨のある男の側にいるのは恐ろしく、彼は、慌てて立ち上がった。
「い、行くよ。一緒に」
 涙を拭いながら少年は、クラヴィスの後に続いた。
「俺も行くぜ。待ってるだけってのは性に合わねぇ」
「出口が塞がってるにしても少しでも地上に近いところにいたいからな」
 何人かの男たちも立ち上がり、奥に向かって引き返し出した。クラヴィスは自分の後に続く者たちを見た。ざっと十数名の者たちがいた。
 元来た道を戻り、最下層部である第四区域に入ったクラヴィスは、採掘したダークスを一旦集めておく横穴の空洞に入った。様々な道具類や、ダークスを入れる為の木箱が散らばる中を奥へと入る。
「何でぇ、そっちは用足しをする場所じゃねぇか? そんなとこに扉なんてあったか?」
 訝しげに先頭のクラヴィスに問いかける男を尻目に、クラヴィスは、積み上げられた木箱や土砂を退かすと、そこに開かないように表面を板で打ち付けてある古びた扉があった。
「これか……よし、どいてろ。俺がぶち壊してやる!」
 体の大きな男が、斧を振り上げ、数回叩き付けた。めきめきと板が割れる音がし、その向こうに続いてる暗い空間に露わになると、男たちの間にどよめきがおこった。
「旧坑道は思ったより狭いんだな。クラヴィス、中はどんな風な構造になってるか知ってるか?」
「知らない。まっすぐに上に続いていると聞いた。私が言い出したんだから、先に行こう」
 クラヴィスを先頭に男たちは、隊列を組んで旧坑道にはいった。
「カンテラは最小限にしておこう。どこかでガス漏れしてるかも知れない……。ガスの匂いが前方でしたら、すぐに教える」
 クラヴィスは、最後尾の男に、カンテラを渡した。
「足下が悪そうだが、我慢しろ。もう少しすりゃ、ちったぁ目が慣れるだろう。おい、鳥持ちのボウズ。お前、目がいいならクラヴィスのすぐ後についてやれ」
 鉱夫の一人が、少年に声を掛けた。
「そうだな。クラヴィスは上の方、ボウズは下の方を手探りしながら進んだらいい」
「うん」
 鳥持ちの少年は、クラヴィスのすぐ後についた。
「サクルって言うんだよ、僕。鳥持ちのボウズじゃなくて、サクルだよ」
 少年は、クラヴィスの背中に向かってそう言った。
「サクル?」
 クラヴィスが振り向いて言った。
「何だい?」
「鳥籠をいつまで持っているつもりだ」
 籠の鳥は、酸欠でもうとっくに死んでいる。
「あ……。うん……」
 少年はそっと籠に地面に置き、「ごめんね」と呟いた。
「行くぞ……」
 クラヴィスは、そう言うと、サクルの頭を撫で、暗い坑道を、壁伝いに歩き出した。

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