第六章 帰路、確かに在る印

 17

  
 太陽が真上を過ぎ、少し風が出始めた頃、偵察に出ていた者たちのうちゼン以外の者が、スモーキーたちの潜む林に戻って来た。町へ行っていた者は、乾物を十袋ばかり手に入れて、特に変わったことはなかったと報告したが、採掘現場を見に行っていた者は、息を切らして慌てていた。
「何? 坑穴内で火事? 爆発だと?」
 報告を聞いたスモーキーを始め、男たちは驚いた。だが、そんなに大きいものではなかったと聞いて彼らは一旦は胸をなで下ろした。
「あの……。坑道内で爆発って? 何があったんですか?」
 リュミエールは、小声で側にいた鉱夫に尋ねた。
「ダークスを掘るときに坑穴に塵が舞う。穴の中だから、すぐにそれが溜まるんだ。それにダークスからは、自然に微量のガスが出ているから、塵が積もり過ぎると穴の中には、ガスが充満する。何かの拍子にドカン。例えばトロッコが脱線でもしてみろ、摩擦によって火花が散ったら、それに引火するわけさ」
  鉱夫の説明にリュミエールは頷いたものの、すぐに心配そうに尋ねた。
「爆発で落盤になって、中に入ってる人たちは、生き埋めになってしまうようなことはないですか?」
「坑穴内部は、深くて広いんだ。入り口近くでの軽い爆発なら、奥の連中は無事だろう。すぐに崩れた所を掻きだせば大丈夫だ」
  だが、その時、ゼンが戻ってきた。相当走ったらしく、スモーキーたちの側に駆け寄ると、その場に倒れ込んでしまった。
「ば、爆発が……」
「落ち着け、落ち着け。それはもう聞いた。それとも二度目のか?」
 ゼンは、首を振った。
「役人が、……はぁはぁ、た、溜め池の水門を開けようと、して、乱闘に、なって……」
 息も絶え絶えにゼンはそう言った。
「なんで、水門が……?」
「中の者たちよりも、坑穴を優先させよう……ってか」
 スモーキーたちの顔色が変わった。リュミエールは意味が判らず、ルヴァを見た。
「水を穴に流して、中の火災を止めようとしているんです。ついでに崩れた土砂も洗い流してくれますしね。でも、当然、水は奥へと流れていきます」
「じゃあ、奥にいる人たちは……」
「水ならば、引いてしまえば元通り坑穴は使えますが、火を消し止められずまた爆発するようなことになり、大規模な落盤でも起これば、坑穴は使い物になりません」
 ルヴァが、そう答えるとスモーキーたちは苦々しい顔をした。
「や、役人が……、ひとり、死んでたかも。殴られて、転んだ拍子に動かなくなった」
 ゼンは、なんとか息を整えながらそう言った。
「他の役人どもは?」
「わかんない……」
「スモーキー、そんな小規模な爆発で水門を開けるなんておかしい。弟が心配だ。様子見に行かせてくれ。弟が穴ン中に入ってたかも知れない……安否だけでも確かめさせてくれ」
「俺も身内がいる。見に行かせてくれ」
 何人かの男たちが、スモーキーに躙り寄った。
「判った。俺もあそこの採掘場には、最近までいたんだしな。ともかく現場が見える所まで行ってみよう」
 スモーキーは、そう言うと、皆に荷物をまとめさせ、採掘現場へと向かった。
 採掘現場を取り囲んでいる塀の間際まで来た一行は、一旦そこで立ち止まった。
「門から堂々と入るバカはいねぇ……ごみ捨て場の辺りから潜り込むか……」
 スモーキーは、現場の裏側に回ろうとした。
「坑穴前の広場なら、こっちから見えるぜ、塀が腐って崩れてるとこがあったんだ。俺、そこからさっき中の様子を見てた」
 ゼンはそう言い、皆を誘った。
「ここだよ、ほら」
 雨に打たれて腐り、崩れた板の隙間から、スモーキーたちは中を除いた。鉱夫たちがその場に呆けたように座り込んでいる。啜り泣く声に混じって号泣している者も……。
「……やっぱり水を入れやがったんだ……、早すぎるじゃねぇか! 中の連中のことなんか無視したみたいに……」
 大男が怒りの混じった声で呟いた。
「スモーキー、あそこに一人役人が倒れてるみたいだ、はっきりと見えないが、あいつは……」
「ああ……ここの責任者だ……」
 俯せになっている男の腕章といつも振り回していた警棒が見えている。
「他の役人が見あたらねぇ……」
「逃げやがったか……だとしたら、一番近い現場だな。早くしないと兵士を率いて戻ってくるぜ。役人を殺っちまったヤツ、加勢した者、まとめて、その場で処刑される……」
 大男の呟きに、皆が一斉に、指示を待つようにスモーキーを見た。
「弟が見あたらねぇ……まさか中に……」
「その役人を殺ったのは俺の身内じゃねぇかな。気の荒いヤツなんだ……」
 男たちが、心配に言った。
「仕方ない……」
 スモーキーは立ち上がると、手を握りしめた。そして、剥がれかけた塀の板めがけて、拳を打ちつけた。バキッと小気味よい音がし、二つに割れた板を、スモーキーは、さらに蹴り破った。それを見た男たちも一斉に同じように塀を崩し、一行は、広場へと駆け寄った。 ルヴァとリュミエールもそれに続く。
「ス……モーキー?」
 穴から一番離れた所で、座り込んで泣いていた男が、物音に驚き塀の方向に振り返った。
「スモーキーだ! スモーーキーたちだぁぁ」
 その叫び声に、皆が振り向く。そして、事情を話そうと駆け寄ってくる。
「待て待て。俺だって話したいことは山ほどあるんだ。それよりも、何を皆、へたり込んでやがるんだ? 他にすることがあるだろう? 穴の中の連中を助けないと。一体、どうなってるんだ? 」
 スモーキーは、大声を張り上げ、近くにいた顔見知りの男に詰め寄った。
「ここの坑穴ン中に、避難場所はねぇのか? 中心となる坑道から上部にちょっとでも水から身を守れそうな所は?」
 元々、北部にある大きな現場のいた大男は、見知らぬこの現場全体を見回すようにして尋ねた。
「ここの坑穴は、小さいんだ。合間に休憩場所やダークスの一時保管の場所があるけど、概ね、まっすぐ地下まで一本だ。その方がトロッコの線路を引くのに都合がいいからって な……けど、入った水量によっては、まだ見込みがないわけじゃない」
 スモーキーが答える。
「朝番の連中が五十人ばかし入ってたが、誰も戻っちゃいねえ……もうダメだよ、水が入っちまった……水門は全開された……」
 悔しそうに男が言った。
「全開……」
 スモーキーたちは、絶句した。
「止めようとした何人かは役人に警棒で打たれて、気絶したまま、水と一緒に流された……」
「俺たちを処分したかったんだ……ダダスの捕虜兵を使うことになって人員整理するように言われてたらしいから……」
 鉱夫たちの言葉に、スモーキーたちはその場に立ち尽くした。
「なあ……。待てよ。旧坑道があるじゃないか! あそこに逃げていれば……助かってるはずだ」
 スモーキーの後で、誰かが呟いた。
「旧坑道って?」
 若い鉱夫が尋ねる。
「今の坑道の上に平行するようにもう一本、古い坑道が走ってる、なあ」
 男は、別の古参の男に同意を求めるように言った。
「ああ。もう十年以上前に、狭くなったからって封鎖された。新坑道も、出来上がってたからな。けど、その事を知ってるヤツは少ない。スモーキー、あんただってここの現場に来て五年ほどだが、知らなかっただろう?」
「それらしい古い坑道があるとは聞いてたが、どこから通じてるかは知らない」
 スモーキーはそう返事をすると、少し考えた後、「誰か朝番で穴に入った連中が判る当番表を持ってないか?」と大声で叫んだ。すると、老人がひとり手を挙げた。
「あるぞ、ほら」
 老人は、死んだ役人を足蹴りにしながら、その尻のポケットに入ってた当番表を、引き抜いた。 その様子に、ルヴァとリュミエールは怯み、スモーキーから一歩下がった位置で、立っているのが精一杯で声も出ない。
「旧坑道の事を知ってるヤツはこの中にいるか? コイツはどうだ? コイツは?」
 スモーキーは、側にいた者たちにも尋ねながら、当番表に書かれた名前を順に見ていく。
「頭の男は、古参だが、ここの現場に来て、七年ほどだからなあ」
 何人かの古そうな鉱夫たちがいたが、知っているかどうかの確証が取れない。その時、スモーキーを取り巻く人集りを、押しのけて、年寄りが前に出た。
「クラヴィスなら知ってる」
「クラヴィスも中にいるのか……。けど、じいさん、ヤツはまだここに来て三年になるかならないかだろう」
「いや知ってる。儂が教えた。旧坑道に続く横穴は、戸板で閉鎖されてるんだが、ちょっと前にそれが古くなって腐ってたんで、役人がクラヴィスに修理するよう命令したんだ。ヤツぁ、背が高いだろ? だから台座がなくても上の方に手が届くってんで。けど、場所が判らねぇって言うんで儂が同行して一緒に直したんだ、一年ほど前のことだ」
「その旧坑道の中は、どうなってる?」
 スモーキーが、年寄りに尋ねると、彼は思い出す様にこめかみのあたりをさすった。
「旧坑道には、第四区域の奥にある横穴から入れる。その中は二つに別れてる、上まで続く本道と、落盤で埋まっちまった脇道と」
「クラヴィスは、その事も知ってるのか?」
「上まで続いてることは、修繕しながら話した」
「じいさん、それで出入口はどこにあるんだ? その旧坑道の」
「裏のごみ捨て場の横だ。焼却炉の横に瓦礫が積み上げてある所。あの瓦礫を全部どかすと、穴が出て来るはずだ」
「あんなとこにあったのか。判らないはずだぜ。ともかく……可能性がないわけじゃない。やれることはしておかないと、後味が悪いぜ。瓦礫を退けておこう。そして、クラヴィスが旧坑道の事を思い出してくれているのを期待しよう。さあ、皆、手伝ってくれ!」
 スモーキーが、声を張り上げると、泣き崩れている者もなんとか立ち上がり、広場の裏手にあるごみ捨て場に向かって歩き出した。

■NEXT■

 

 聖地の森の11月 神鳥の瑕 ・第二部TOP