第六章 帰路、確かに在る印

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 その頃、坑穴の入り口付近では、次に穴に入る昼番の者たちが何人か集まって来ていた。男たちは雑談をしながら、坑穴に入っている者たちが、上がって来るのを待っている。
「お、おいっ、け、煙が、煙が出てる!」
 山肌から突き出た空気穴の煙突から、灰色の煙が一筋登っていく。それを見つけた男が叫んだ。
「火だ、火が出てるんだ! 鐘を鳴らせ、役人を連れて来いッ!」
 慌てふためきながら駆け回る男たちの様子に気づいた、非番の者たちがわらわらと小屋から出て来た。たちまちのうちに坑穴前は人集りが出来た。
「第二煙突から煙が上がってる。火は、まだ入り口に近いぜ」
「煙から見て大した火じゃねぇ、すぐに消せる! 水を汲め」
すぐに駆けつけた男たちは、それぞれに消火の為の桶を持ち、それを手際よく前の者へと回して行く。役人たちはそれを遠巻きに見ているだけだった。「チッ、手伝えってんだ」と誰かが舌打ちをした。「足手纏いになるだけだ」と横にいた男が諦めたように言った。そんな鉱夫たちの呟きに気づかず、役人の一人が、「早く消せよー。今日の目標量を掘り出せないぞ」と叫んだ。
「あの野郎! 許せねぇ。中の奴らの命が掛かってる時に」
「ほっとけ、今はこっちが先決だ。皆、坑穴に入るぞ」
 鉱夫たちは、おのおの水の入った桶を持って歩き出した。だがその時、さほど大きい音はしなかったが、爆発音が響いた。ハッとして男たちはその場に立ち尽くした。
「ガス爆発だ……」
「チッ……一旦、下がれえーっ」
「今の爆発で、坑道が塞がれちまったかも知れねぇな」
「第二坑道のあたりは道幅が狭いしな」
 鉱夫たちは口々に言い合うが、まだ誰も行動を起こせないでいた。古参の男が、指示を受けに役人の所に行った。
「下手に手を出して、第二の爆発に巻き込まれたら元も子もないからな。もう少し待ってから、爆発の様子を見に行こう。それから塞がれた所を掘ろう」
 まだ若い新入り役人がそう言った。古参の鉱夫は頷く。だが、それを聞いていたもう一人の役人が、「いや、貯水池から放水する用意をする」と言った。
「放水……って……」
「何年、鉱山で働いてるんだ? 判りきったことを聞くな」
「判ってらあ! けど、水を放たなきゃならないような大規模の爆発でも火災でもないだろう? 放水するってことはどういう意味が判ってんのか、てめぇ!」
 役人に掴みかからんばかりの勢いで鉱夫はそう言った。その声を聞きつけて、鉱夫たちが彼らの元に駆け寄ってきた。
「煙突を見てみろ、煙りが上がってる。まだ火は中で燻ってる。塞がれた部分にめがけて一気に放水する。水圧で多少埋まった所も、押し流せる。それで坑道も開くし、中の火災も消せる。一気に済む」
「あ、それはいい方法ですね」
 若い役人は何も考えないでその案に賛成する。
「な……中の人間はどうなるんだ! 水は下へと流れていくんだぜ! あれだけの量の水が!」
 そのやり取りを聞いていた鉱夫の一人が、役人に詰め寄ってきた。
「ま、待ってくれ。息子は、まだ十一なんだぞ。子どもだからって無駄飯食いはさせられない、鳥持ちくらい出来るだろうって、あんたが言ったから働かせてるんだぞ。中にいる息子を助けてくれ!」
 その場にいる誰もがシン……となった。
「そ、それじゃあ、流す水量を少なめにして……」
 若い役人がその場を治めるようにそう言いかけた。
「中途半端な水だと、塞がった坑道を開けきれない。中は、まだ燻ってるから二回目の爆発にならないうちに、汚染された空気まで一掃するくらいの量で押し流さないと……」
 それまで黙っていた別の役人がボソッと呟いた。
「仕方ないってことだ。西の採掘場も閉鎖されたんだ、ここの現場まで潰してしまうわけにはいかない。水ならば、退けば元通り使えるからなあ」
 そう言った役人の言葉に、後方にいた鉱夫が呟いた。
「西の採掘場の閉鎖って何だよ?」
「役人と揉め事があって、暴動にまでなったらしいぜ。あそこは鉱夫の扱いが特に悪いからな。クラヴィスが、酒場で女から仕入れた噂だけど、本当だったんだな」
 別の誰かがそれに答える。そして、また別の誰かが叫んだ。
「大体、今日の事故は、目標量の掘り出しを優先させやがって、爆発の防止策のダークス塵の除去と撒き水の回数を減らしやがったからじゃねぇか!」
 一斉に皆が頷いた。
「規定の回数は掃除をするようにはしている。それ以外は各自の判断に任せると事に決まっただろう。やった方がいいと思えばやれ、と。それを怠ったのはお前たちだ」
「何言ってやがる。予防策にかかる時間は、労働時間外だと抜かしたのは誰だ! 皆、ヘトヘトに疲れてるんだ、金にもならねぇのに率先して誰がやる?」
鉱夫と役人が言い合っている時、別の役人たちが、貯水池を放水するべく、水門を開こうとしていた。それに気づいた鉱夫が叫ぶ。
「誰か止めてくれえ! 水門を閉じてくれ、息子がーー」
 悲痛な叫びをあざ笑うように、役人は、その鉱夫の手を払い除けた。
「人員削減のお達しが、上から来ているって噂も聞いたぜ……」
 何かに気づいたように役人の側にいた男が呟いた。
「何だと?」
 側にいた数人の者たちが振り返った。
「戦で捕虜にしたダダス兵を鉱山で働かせるって聞いたんだ。そしたら賃金は払わなくて済むもんな……。まさか、それで、中の連中を見殺しにしようってことじゃあ……事故の死亡見舞金は、教皇庁が支払うことになってるじゃねぇか、スイズの腹は痛まねえ……」
 凍り付いたように男はそう呟くと、じっと役人を見た。
「な、何を馬鹿なことを」
 役人は、目を合わそうとせず、軽くそう答えて、他の役人たちと共に、詰め寄る鉱夫たちを押しのけて去ろうとした。 
「もう我慢ならねえ!」
 役人に殴りかかる者、開きかけた水門を閉めようと必死になる者、それをさせまいと警棒を振り回す役人たち……現場は収拾がつかない状態になった。 だが、そんな騒ぎを一掃するように、誰かが、
 「水がーーー!」と叫んだ。開かれた水門から轟音とともに水が誘導路を通って押し寄せてくる。役人たちが、坑穴へと誘うための二つ目の水門をついに開けた。水は、ぽっかりと空いた坑穴へと吸い込まれるように 轟音をたてて流れて行った。

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