第六章 帰路、確かに在る印

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 鉱山の採掘現場に、朝を告げる鐘の音がしている。優雅なものではなく大鍋の底を叩くようながさつな音色だ。続いて役人たちの怒鳴り声が聞こえる。クラヴィスたち鉱夫は、のそのそと起きあがると顔を洗うのもそこそこに坑穴へと向かう。入り口の横にある台に、パンの入った籠と水の入った瓶が無造作に置いてある。
「これが朝飯かよ? スープはどうした?」
 誰かが呟いた。
「スープは、寒い冬だけになった。嫌なら食わんでいい」
 役人が、その男を睨み付ける。クラヴィスは、籠から割り当てられたパンを掴むと、瓶の中にコップを突っ込み、水を汲んだ。
「十分以内に食べろ。もうじき夜勤の者が交代で上がってくるからな」
 役人は、警棒をゆっくりと回しながら偉そうに言った。少し経って、ガタンガタンと物音が聞こえてきた。トロッコに乗せられたダークスの塊が坑穴の奥から上がってくる音だった。と同時に真っ黒に 汚れた男たちが、ぞろぞろと出て来る。
「よし、交代だ。朝番の者たち、早く入れ!」
「待ってくれ。ちょっと今日は風の流れが悪い気がする。ダークスの細かい粉が、穴ン中で随分舞ってる。咳き込むヤツが多かった。塵掃除と水撒きをしてから入らせた方がいい」
 最後に出て来た男が、役人にそう忠告した。ダークスからは自然に微量のガスが出ている。その塵が積もり過ぎると穴の中には、ガスが充満し、酸欠状態になる。何かの拍子に引火すれば、爆発を起こすこともある。それを防ぐために、こまめに塵を表に掃き出し、撒水しなくてはならない。役人は、手元の当番表を確かめた。
「三日前に掃除はしているはずだ。それでなくても最近、採掘量が減っているんだ。掃除はまだせんでいい。さあ、早く次の者たち穴に入れ」 
 役人に急かされて、クラヴィスたちは、今し方出て来た者たちから、カンテラを受け取ると、隊列を組み、坑穴へと入って行った。
「仕方ねえ……気ィつけろや。鳥をちゃん見とけよ、坊主」
 籠に入った鳥を持っている少年に、掃除するよう助言した男が言った。籠の鳥が止まり木からパタリ……と落ちるようなことがあれば、空気の流れが滞り、酸素が少なくなったきた証拠である。鳥持ち と呼ばれる役目は、年端もいかぬ下っ端の少年の仕事だった。
「うん」
 少年は頷くと、最後に穴に入って行った。坑道を一番奥まで進むとと男たちはさらに掘り進んでいく。掘ったあとの土、ダークスを懸命に男たちはトロッコへと積む。先の鉱夫が言っていたように、咳き込む者がチラホラと出始めた。
「どうも痰が絡むな。おい、鳥の様子はどうだ?」
「大丈夫だよ!」
 鳥持ちの少年は、元気よく答える。彼は、鳥の様子に気を配りながら、鉱夫たちの言われるままに、道具を手渡したり、汗を拭ってやったりして雑務をこなしていた。そうして、数時間が過ぎ、そろそろ交代になろうかという頃、籠の中の鳥が、止まり木から突然落ちた。目の当たりにそれを初めて見た少年は、一瞬、息をのみ、これ以上はないほどの大声で叫んだ。
「鳥が、鳥が落ちたーーー」
 鉱夫たちの手が止まった。頭の男がそっと動いた。
「おい。皆、静かにカンテラを消せ。粉塵を撒き散らさないようにしろよ。ガスがどっかでだいぶ出てるかも知れねぇ、引火でもしてみろ、お終いだぜぇ。年寄りとガキは、俺の後に続け、残りの者たちは、各々の道具を持って上がって来い」
 頭の男は、的確にそう指示する。そろそろと男たちは、その場を離れると、出口へと急いだ。
「今、第三坑道のあたりまで上がって来たよね?」
 まだ坑穴に入った経験の浅い鳥持ちの少年が、不安そうに尋ねた。だが誰も返事をせず黙々と歩き続けている。
「おい、何か嫌な匂いがしねぇか?」
 前の方にいた誰かが言った。
「火が……火が出てやがのかも知れねぇな」
 一番前にいた頭の男は、五感で前方を探るように、立ち止まった。
「俺が先行して様子を見 てくる」
 頭の男は、小走りになって進んだ。
「待て、儂も行く。ぼやなら消すのを手伝う」
 古参の者たち数名が、頭の後に続いた。その男たちの後方に、クラヴィスたち数名の者がいた。鉱山で働き始めて数年の者たちである。若く体力もある彼らは、一番最後に回され、道具の類を背負わされていた。ようやく先頭集団に追いついた彼らは、そこで足止めされている者たちと合流した。
「どうした? 何で立ち止まってるんだ?」
「火が出てるかも知れないんだって。頭が見に行った」
 鳥持ちの少年が怯えながら言った。
 その時、前方で、爆発音がした……。

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