第六章 帰路、確かに在る印

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 翌朝、坑穴前では鉱夫たちが、出発の準備で慌ただしく駆け回っていた。水を用意するものや、道中の食料になりそうな野草や小動物の捕獲をするもの、スモーキーの采配によって決められたそれぞれの係の者たちが、きびきびとした態度で動いている。二週間以上の潜窟生活が終わることに、形はどうであれ皆一様にホッとしている様子だった。そんな中、スモーキーと大男を含めたリーダー格の者数名、それにルヴァとリュミエールが、地図を見てこれから向かう道の確認をしていた。
「教皇庁に向かうなら、ここから一旦、サンツ渓谷入り口の村に戻り、砂漠馬で南下して中央砂漠を完全に抜けてから、大陸横断列車の線路伝いに西へ向かうのが正規のルートだ……」
 スモーキーの言葉に、地元の人間であるルヴァは頷いた。
「だが、もちろん、そんな道は通れないからな」
 どうして? という顔をリュミエールはしている。スモーキーはその表情を読み取り、さらに付け加えた。
「俺たちは、教皇庁管轄地の鉱山から、大陸横断列車の使用を許可されて、列車でやってきた。つまり、この正規のルートの逆でな。列車の駅周辺の町には、スイズの役人が常駐していた。ダダスとの戦火が盛んになってきた今なら、スイズ兵も送り込まれているだろうし。これだけの大人数での移動は目立つ。死んだと思われている俺たちが生きていると知られたくない」
「それでは、どの道を行こうと言うのですか?」
 不安そうにリュミエールが尋ねた。
「このままここから西へ向かう。山中を伝っていくルートだ。坂も続くし、岩場もある。途中に村はないから、当然、野宿だし、食い物の調達もできない。きついルートだが、こっちを行けば、三日でルダと教皇庁管轄地の国境に出られる」
 スモーキーは、地図を指し示しながら言った。
「管轄地に入って、すぐの鉱山の採掘場の近くに小さい村がある。鉱山の連中が贔屓にしてる酒場が幾つかある。俺たち鉱夫は、顔が知られてるから近づけないから、森中にでも潜まなきゃならないが、お兄さん方なら大丈夫だ。そこで一泊するといい。そのついでに、食料の調達を頼む。一気に西へ向かいたいが食料の事を思うとままならない からな。それから、次の採掘場まで三日ほど歩き、また同じように近くの村で、食料の調達を……」
「ちょっと待ってください、スモーキー。点在する採掘場を伝って、貴方たちは一体、どこに向かうつもりなんですか? 私たちに、いつまで同行するんですか?」
 ルヴァの言葉に、スモーキー以外の男たちは互いに顔を見合わせた。
「お兄さん方と一緒の所さ」
 スモーキーは、ニヤリ……と笑いながら言った。
「え?」
「言ったろう。俺はダークス搾取の証拠となる帳簿を持ってる。こうなった以上、教皇庁に訴えるしか俺たちが生き残る道はないのさ。あそこに駆け込めば、命までは取られないからな。昨日、あんたらも同じ所に向かうことにしたと聞いて、内心、笑えたぜ」
「スモーキーさん。私たちは先を急ぐんです。そんな行き方をしていては、遠回りになってしまいます。それに……、私たちは、野宿は……慣れていなくて……」
 ルヴァは、リュミエールを思いやってそう言った。
「お上品なこった」
 スモーキーの後ろにいた男が、嫌みたっぷりに言った。
「昨夜も言ったがな、お前たちのことを完全に信用したわけじゃねえんだよ。スイズに垂れ込まない証拠がどこにある? 悪人じゃないことは見れば判るが、魔が差すこともあるのが人間だからな。それに、俺たちには、お兄さん方みたいな、鉱夫じゃない者が仲間に加わってた方が、食料の調達や、付近の情報を嗅ぎ回って貰うのに便利なんだ。管轄地に入ったら、俺たちは、スイズの役人に、見つからないように動かないといけないからな」
「そんな……。それでは、私たちは貴方たちの使い走りではないですか!」
 リュミエールは思わずそう言った。
「そうだよ、ハシリだよ。文句あっか? 命があるだけでもいいと思えよ」
 そう言い返したのはゼンである。それをスモーキーが窘めた。
「ゼン、そんな言い方はよせ。俺たちと偶然出くわした事は、あんたたちには災難なことだったな。だがな、俺たちも命が掛かってるんだ。俺は、皆を引き連れてここに来た責任もある。あんたたちをあっさり釈放したため、後で、何かあったとしたら、皆に申し訳が立たない。それに、スイズの亡き王子の伝言で、スイズとダダスの和平の為に行くんだろ? そのついでに、この地で何があったかも伝えてくれよ。俺たちの命が狙われたことの証人として。そして、俺たちはスイズの不正の証拠を示す。俺たちが出逢ったことは、聖地のお導きじゃないのか? 多少遠回りになっても、行く先が同じなら、一緒に行こうや、なあ」
 最後は口説き落とすように、スモーキーは、ルヴァとリュミエールに言った。彼らは、押し黙ったまま返事が返せなかった。スモーキーは、そんな二人を見なかったことにして立ち上がった。
「さあ、時間だ。故郷に帰れる宛てのある者、怪我が癒えない者は、ここで解散だ。元気でいろよ。俺と一緒に教皇庁に向かうヤツは、こっちに適当に並べ。出発だ」
 スモーキーがそう言うと、二十人ほどの男が、荷物を背負って立ち上がった。
「早く立てよ。行こうぜえ」
 ゼンが、ルヴァを促した。
「なあ、あんた、竪琴、弾けんのか?」
 ゼンは、まだ座ったままでいるリュミエールの荷物の中からチラリと除いている竪琴を見つけて言った。
「オレさ、いっぺんだけ聞いたことあるんだ。まだ小っさい頃、教皇庁の楽師団が、採掘現場に慰問に来たことがあってさ。きれいな音だったなあ。夜にでもさ、弾いてくれる?」
「ええ……」
 リュミエールは、仕方なさそうな笑みを顔に浮かべて頷くと立ち上がった。
 坑穴前を出て、一行は西へと向かった。生い茂る木々を抜けて山道へと入る。ルヴァは、振り返り、故郷の山々を見渡した。見慣れた形の峰が見える。村では、あの峰の見え具合で、天気を知るのだった。緑が、濃く冴え渡るように近くに見える時は、雨が降る。やんわりと光を含んだように穏やかに見える時は、明日も快晴……と。もうここには故郷はない、二度と、ここには用はないのだと思うと、その峰が涙で滲んで見えるルヴァだった。
「ルヴァ様? 大丈夫ですか?」
 立ち止まったままのルヴァに、リュミエールが心配して言った。
「あ、何でもありませんよ、リュミエール、あのね、明日も、いいお天気のようですよ」
 唐突にそう言ったルヴァの、何とも言い難い寂しげな笑顔。それをしっかりと胸に刻みこんでおかなければ、とリュミエールは、思うのだった。

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