第六章 帰路、確かに在る印

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 ふいに、背筋が冷たくなる。今夜……また、やってくる。クラヴィスはその気配に気づく。もう慣れた。上下も左右もない漆黒の闇の中に放り出されて、絶望という名のアレに体を引き裂かれることに。
 それは、悪夢。聖地よりの力を我が身に宿す者が、見続けなければならないもの……。
“人の持つ負の感情……悲しみ、憎しみ、嘆き、誹り……それらが積もり行き場を失ったものを、浄化するための力を有している存在なのだ。まるで、汲み上げた泥川の水を浄化し飲み水に変える濾過装置のような……”
 父である教皇の言葉をクラヴィスは改めて思う。
“そうだ。私はそういう存在なのだ。それでいい。教皇という存在に、この大陸の和平と秩序を担う表の役目と、負の部分を浄化する裏の役目があるなら、私はひたすら裏方となれば良いのだ……”と。
 クラヴィスは、薄汚れた上着を羽織り、出掛ける用意をした。この一夜を乗り切るために……。
 
「よう、クラヴィス。こんな時間から出掛けるのか? 女ンとこか?」
 部屋の隅で、カードゲームに興じていた同室の男たちが冷やかす。
「ああ。明日は非番だからな」
 クラヴィスは、そう言うと、立て付けの悪い扉を、こじ開けるようにして戸外に出た。やんわりとした温かい夜風に混じって、どこからか甘い花の香りが漂っている。季節は、春へと変わろうとしていた。この泥と砂埃にまみれた鉱山の採掘現場にも、全ての人と場所に等しく、暖かで優しい春がやって来ようとしていた。

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