ルヴァに戻るように言われたリュミエールだが、やはり彼の後を追うことにした。ルヴァは、土砂や、なぎ倒された木々を踏み越えて、振り向きもせず、ひたすら歩いている。すぐ目前にあるように見えるその崖になかなか辿り着けず、彼は時折、溜息のような荒い息を吐き、額の汗を拭うと
、ただ前方を睨み付けて歩いた。
そうして数時間の後、ようやく二人は、月の涙という池に辿り着いた。だが、ここも村と同じ様な有様だった。崩れた山の斜面が池の大半にまで達し、小さな池の残された水面も
、その土砂のせいで泥状の水になってしまっている。池の周りの木々は見る影もなく無惨に倒れ、瓦礫状のものが積もっている。
「この季節……新芽を抱いた木々に囲まれた美しい所でした……」
ルヴァはそれだけ言うと山から滑り落ちてきたのであろう大きな岩に凭れるようにして座り込んだ。
“他に村人が逃れるような場所はないか?”
“もっと奥地まで避難しているかも知れない”
“無駄に歩き回るよりも、もう一度、サンツ渓谷の入り口の村に戻って、この状況を知る人を探して出直した方がいい”
ルヴァの頭の中には、一瞬、冷静な判断が浮かんだものの、辺りの荒れた風景とそぐわない異様なまでの静けさによって、彼の心は急速に裡に裡にと冷え固まって行き、彼の体はこの場から動くことを拒否して
しまっていた。
リュミエールが呼びかけてもルヴァは何も答えず、ただ虚ろな目をして、池の干上がってひび割れた土を見つめている。沈みつつある太陽を見たリュミエールは、ルヴァを立ち上がらせることを諦め、その場で夜を明かす覚悟を決めた。そして、ルヴァに寄り添うように隣に座った。
朝が来た時、全てが夢だったならどんなにか良いだろう……そう思いながらリュミエールは、俯いて瞳を閉じた。
ルヴァは、何も思っていなかった。何かを考えることさえ億劫で、リュミエールが、心配そうに隣に座っていることにも、これから、長い、長い夜が、始まることにも気づいてはいなかった。
第五章 月の涙、枯れ果てて 終
第六章 帰路、確かに在る印 へ 続く |