年が明け、スイズにも、ダダスにも、そしてルダにも、大きな動きの無いままに数週間が過ぎた。穏やかな日々の中で、リュミエールとルヴァは、週に三度の個人授業を通じて、友情に近いような信頼をお互いの内に通わせていた。
そして、ルヴァにはもう一人、信頼を寄せる人がいた……。リュミエールとの授業が始まる前、ルヴァは、必ず図書館に立ち寄ることにしていた。リュミエールとの授業に使う書物の調達……だけがその理由ではなかった。フローライトに逢えるからだった。ルダ音楽院の学生でもある彼女は、ルヴァよりも二つ年下で、音楽院での単位はもう既に取得しており、春に卒業することになっていた。空き時間のほとんどを好きな歴史書を読みながら、司書として資料整理を手伝う彼女に、ルヴァは友情以上のものを感じていた。フローライトもまた、ダダス大学を首席で卒業するほどの優秀さとは、相反した穏やかな風貌と性格のルヴァに惹かれていた。いつしか自然と二人は、リュミエールの授業の始まる前に必ず逢う仲になっていた。他の若者たちのように、庭園を散策したり、ボードゲームに興じるわけでもなく、午後の一時を図書館の一室で、本を読みながら過ごすという至って健全な逢い引きではあったが……。
きりの良い所まで本を読み終えたフローライトは、ルヴァがページを繰るタイミングを見計らって、声をかけた。
「ねえ、ルヴァ様。父からの便りに書いてあったのだけれど、ダダスとスイズの間で戦争が始まるかも知れないって本当かしら」
「そのことは文官仲間の間でも噂になっています。新年早々、教皇庁での会談も決別したと」
「ダダスは、ルダに教皇庁を移すべきだと提案しているけれど、どう思って?」
「案としては悪くないですよ。スイズとダダス、二つの大国の間にあるルダ国に教皇庁があるというのは。二つの大国の均衡を計る意味で」
ルヴァは、手にしていた本を閉じてそう言った。
「教皇庁が、スイズ国内にあることで、スイズがその恩恵に預かっているのは事実でしょう。あらゆる面で癒着があるはずだわ」
「はっきりとした証拠があるわけではないですけれど、教皇様ご一家とスイズ王族が懇意にされていることすら癒着の一部と見るならダダス側が面白くないと思うのも当然ですね」
「スイズは教皇様のお膝元なのを良いことに、この大陸にある国の覇者であるかのように振る舞っているように思うのは、私がダダス出身だからかしら?」
フローライトは、自分の考えが違っていないかルヴァに打診するように聞いた。ルヴァは首を左右に振った。その考えは否定しないと。
「スイズはあらゆる面で一歩、いいえ、数歩、抜きんでた国だけど、だからと言って、他国を下に敷くような態度ばかり取っていてはいずれ孤立してしまうと思うわ。リュミエール王子を見ているととても温和なお人柄だけど、他の王家の方々は違うのかしらね」
フローライトの意見が、スイズ王家の事に及ぶと、リュミエールからいろいろと話を聞かされているルヴァは少し曖昧に笑った。
「さあ、どうでしょうね……。今はただ、スイズとダダスの間に何事も起こらないようにと祈るばかりですよ」
だが、両国の関係は、寒さが増すのと比例するように冷たいものとなっていったのだった。
■NEXT■ |