第四章 鐘声、それぞれの場所

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 もう間もなく年が明ける。ルダ王城の鐘が、一定の間隔を置いて鳴り続けている。後、十回ほどその鐘の音が響けば、年明けとなる。
 ルヴァは、城内の片隅にある官舎で、故郷の両親に宛てた手紙を書きながら、その音を聞いていた。その便りには、もうすぐ晴れて文官になれるので一度、休暇を願い出て帰りますと記 した後、リュミエールの事も差し支えない程度に書き添えた。優しい気性の、あらゆる面で優れた王子であると……。 
 そのリュミエールもまたルヴァと同じ城の鐘の音を聞いていた。質素なルヴァの私室とは違い、豪奢な賓客の館の一室ではあったが。
 ルダ城の鐘は、スイズ城のものよりも、音が低く厳かな音色がしていた。スイズの年明けは、賑やかなお祭り といった風情があるが、ルダでは、そんな騒ぎとは無縁だった。大抵の家では、窓辺に小さな蝋燭を灯し、鐘の音を聞きながら一年を振り返るだけ。リュミエールにとっては、初めて 経験する静かな年明けだった。彼は、一年の間にあった事をしみじみと思い起こしながら、スイズ王城の家族に宛てて、新年の挨拶状を書こうとしたのだが、一向に筆が進まない。彼らが興味があるのは、自分のことや、ルダの風習などよりも、ルダ王家との外交はどうか、とか、敵対国のダダスの状況だとかそういうことだろうと思うと、通りいっぺんのありふれた挨拶以外は何ひとつ言葉が浮かんで来ないのだった。リュミエールは、溜息とともに、彼らに向けた挨拶状を書くのを止め、教皇庁のセレスタイトに宛てたものを書くことにした。ルダ音楽院が、卒業生を送り出した後の休暇には、いくらなんでも一時帰国を許されているだろうから、ぜひ古楽器の演奏を聴いて頂 けるよう頑張って修得したいと、したためると、はっきりとした目標が出来たように思え、リュミエールの心は弾むのだった。

 教皇庁の大聖堂では、大勢の民の前で教皇が、健やかなる一年を願って、祈りの鐘を自ら打ち鳴らしていた。セレスタイトは、頭を垂れて祈る人々の合間を、小さな鈴の付いた錫杖を打ち鳴らしながら歩き、祝福を与える役目を仰せつかっていた。
「この子が無事に産まれますように……」と大きな腹をさすりながら呟く妊婦に、微笑みかける。別の者は健康を、また別の者は富を、と様々に呟かれる願い……。
「早く息子が元気で帰って来ますように……」と、呟いた年老いた女の声が、セレスタイトの耳に入る。どこかに出稼ぎにでも出た息子の帰りを待っているのだろう……と思いながら、彼女為に鈴を鳴らしたセレスタイトは、ふと、またクラヴィスの事を思い出した。
「クラヴィスが今年こそ帰ってくるように……」
 誰にも聞こえぬほどの小さな声でそう言い、自分の為に錫杖を揺らし、鈴を控えめに鳴らすセレスタイトだった。
 
 年明けの鐘などそこにはない。聖堂も城もない鉱山の近くの小さな集落。あるのはむさ苦しい男どもが寝泊まりする簡易な宿舎と、数件の宿屋を兼ねた酒場だけ。だが、新年を祝う気持ちは、そんな場所に生きる者たちにもあるらしい。酒場の主が、鍋の底を鐘に見立てて叩き始めると、既に酒が回っている男たちの意気が上がり、口々に来たる新年の願いを口にする。故郷から家族を置いて出稼ぎに来ている者が、家族の無事を祈ると、帰る家もなく身内もいない者が、「とりあえず 酒だ!」と叫ぶ。その場にいた皆の笑いが起こり、皆一様に頷く。相当酔っている男が、酒瓶を抱えて、皆に酒を勧めながら、呂律の回らぬ口で「お前は何を祈るんだ?」と聞いて回っている。男は、壁際でひっそりと酒を嘗めるようにして飲んでいる若い男を見つけると、 彼のコップに無理矢理、酒を注ぎ込む。
「飲め、飲め。年明けだ、しけた面すんじゃねえ。お前は何を祈るんだ、若造。金か? その年じゃ女かぁ?」
 下品な笑いとともに男がそう言うと、男は、フッ……と笑って、小声で答えた。
「……………を。…………を」
 彼の言った言葉に大男は、顔を顰めた。
「何、教皇サマみたいなこと言ってやがる。お前、相当、酔ってやがるな」
 男は、若い男に一瞥をくれ、今度は向こうで皿を叩きながら騒いでいる者たちを相手にするために移動して行った。
 取り残された若い男は、誰に聞かせる為でもなく、寂しそうに笑ってもう一度、呟いた。

「この地の和平を。健やかなる一年を……聖地のご加護が共にあらんことを……」と。

 

第四章 鐘声、それぞれの場所 終
第五章 月の涙、枯れ果てて へ 続く

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