第三章 砂の城、虚像の楼閣

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 その日、週末の王族揃っての昼食会は、最初から不穏な空気に包まれていた。ルダ王立音楽院に留学するリュミエールにとっては、年内は最後になる食事会である。なるべく笑顔で……と思うものの、どうしても微笑むことの 出来ないような雰囲気が食卓には流れていた。
 スイズ王が、所用で不参加であるのをよいことに、王妃と寵妃の間に、極めて冷ややかな雰囲気が流れていたのだ。王妃と寵妃の仲があからさまに悪くなったのは、お互いの王子が成人の儀を迎えた頃からだった。それまでは、たとえ取り繕ったものであっても、こうした集まりの場では、朗らかな時もあったのだ。王子たちが国政に参加するようになると、次期王座を巡って、二人の言動が水面下で取り沙汰されるようになった。才知に長けた中の王子の仕事ぶりが、城内で評判になるにつれ、王妃は 、寵妃との間に距離を置くようになった。王が欠席と知るや、二人は、仲を取り繕う様子はまったく見せない。
「末の王子をルダの音楽院に入れるよう提案したのは、中の王子だと聞いたけれど、随分、弟思いなことね。スイズ大学に進まれては何か不都合がおありだったの?」
 と王妃が言えば、「あら、音楽の才能に恵まれた末の王子には一番の選択ですわよ」と寵妃が返す。
「リュミエールは、本当のところ、どうなんだ? ルダに行けて嬉しいのかい?」
 上の王子がそう聞くと、皆の視線が一斉にリュミエールに集まった。
「ええ、もちろんです。古楽器の勉強をしたいと思っておりましたので……」
 もう決まってしまったことだ、そう答えるのが一番無難だ……とリュミエールは思う。ルダ音楽院留学の背後に何らかの政治的意図があること位は判っているリュミエールだったが、それでも、スイズ大学で性に合わない 事を学び、次期王座を巡って皇妃や兄たちの間に入るよりは、ずっと良いと思うのだった。
「リュミエールが、ルダに行けば、必然的にスイズとルダの間に友好関係が生まれます。教皇庁管轄地を挟んでいるとはいえ、隣国ですからね。 ダダス国の動きが危うい昨今、ルダは要となるでしょう。それを考えても、和平の為にはある程度の繋がりが必要ですからね」
 中の王子アジュライトは、醒めきった雰囲気をもろともせず、他の誰よりも旺盛な食欲で出された料理を口に運びながら言った。
「和平ねぇ……それは表向き……。でも、まあ、純粋に音楽の勉強をしたいと願っているリュミエールを、お前は利用するわけだ」
 上の王子は、アジュライトの発言に皮肉めいた口調で返した。
「いままでだって教皇庁へ演奏会に赴いていたではありませんか? 小さな外交官と呼ばれて。王族として生まれたのです。それくらいことは当然でしょう。その上、音楽の勉学も出来るのだから、一石二鳥とはこのことですよ」
 アジュライトは兄の言葉に、微塵もひるまずそう言った。
「その考えはご立派なことだわね。末の王子、中の王子の期待に応えてせいぜい失態のないように頑張りなさい」
 王妃は、冷たい微笑みと共にそう言った。リュミエールが小さく「はい」と答えるのと同時にアジュライトが、横から口を挟む。
「いえ。私の期待ではなく国王であられる父上の、ですよ。私はただ進言しただけに過ぎません。その結果、父上のお気に召すようなことになれば、私に何かご褒美でも下さるようですけれども」
 ピクリ……と王妃と上の王子が反応した。
「何のご褒美だか楽しみだなあ」
 それは、アジュライトの兄に対する宣戦布告であった。それきり王妃と上の王子は押し黙り、寵妃は何事も無かったように澄ました顔をしている。リュミエールは、食べる気のしない料理 を見つめて誰にも聞こえぬようにそっと溜息をつく。
“一刻も早く、この場を逃れたい……けれど……”
 リュミエールは、立ち上がった。すかさず王妃が、「食事中ですよ。それとも……何か気に障ることでもあったの?」と白々しく言う。
「いいえ、正妃お母様。ただ……あまり食欲がないものですから。少し何か弾きましょう。皆様はそのまま食事をどうぞ」
 リュミエールは部屋の片隅に行くと 立て掛けてあった竪琴を手に取った。華美な飾りの付いた装飾用のものだが、一応の手入れはされている。音の調子を確かめることもせず、リュミエールはいきなり引き出した。豊穣祭を祝った明るい曲を。季節的には晩秋に入った今頃、好んでよく弾かれる曲だが、今、この場に相応しいとはとうてい思えない。それを承知で、リュミエールは竪琴を奏でる。
“どうか……あなた方の心の中に、優しさが戻りますように……”と祈りながら。

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