第三章 砂の城、虚像の楼閣

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 後日、教皇庁。セレスタイトは、一枚の書類に目を留めた。大陸横断列車の乗車許可の申請書リストである。外交や参拝、あるいは学術的な事の為に列車を使う各国の要人や、学者たちの中に混じって、リュミエールの名前があったからだった。申請書には、『ルダ王立音楽院留学の為』と記されている。リュミエールの竪琴の腕前は、もはや師について学ぶレベルを越えており、教皇庁の音楽院には入らず、来春からはスイズ大学で国務に係わるべき事を学ぶと聞かされていたセレスタイトは、同名の誰かか……と一瞬、思い、再度、書類を詳しく見た。間違いなく、スイズ国第三王子と記してある。
“何故、こんなに急にルダに?”
 セレスタイトは不審に思いながらも、その種類に許可の印を押した。そして、処理すべき書類や書状の中に、その疑問の答えとなるスイズからの書状を見つけた。それによると、竪琴の原型となる古楽器と音律の勉学の為の留学を本人が希望したとの旨と、留学中、定期演奏会の不参加を申し入れる言葉が、リュミエール本人ではなくスイズ外務大臣の書状として記されていた。
“そうか……。竪琴の造詣を深めるために行かれるのか。リュミエール王子にとっては、スイズ大学で国務云々の勉学よりも、ゆったりとした気風のルダで学ばれる方が似合ってらっしゃるだろうな”
 セレスタイトは納得し、隣室で仕事をしている執務官を呼んだ。
「リュミエール王子が、ルダ音楽院に留学されるそうだ。列車の乗車許可証の発行を急ぐように。そうだな、乗車許可証も年間を通じて何時でも乗車できる特別許可証にしておいたほうがいいいだろう。その書類上は、片道だけのものになっているが、スイズ王子の許可証だ。特例として、そうしても差し支えない」
 執務官は頷いた後、「当分、王子の演奏は聴けないのでございますね。残念です」と言った。
「そうだな。ルダに行かれてはさすがに定期演奏会に気軽に参加するというわけにはいかない。けれど、今から行かれるのなら、年末には一旦、お戻りになるだろう。新年の演奏会にはぜひ参加して頂けるよう書状を送っておこう」
 だが、それらの配慮は、結局、この後、虚しいものになることや、リュミエールの留学の本当の目的を、知る由もないセレスタイトであった。
 
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