第三章 砂の城、虚像の楼閣

 4

  
 さらに数日後の夕食の後、アジュライトと王は五元盤を打っていた。古い起源を持つこのゲームは、長い年月の間に簡略化されたものの、身分の上下を問わず男たちに人気のある遊びのひとつであった。勝負が終盤に差し掛か り、王は、酒の用意をするように、側仕えに命じた。側に控えていた者が消えたところで、アジュライトは、駒を持つ手を 一旦止めた。
「父上、実はお話しがあります」
「ん? なんだ?」
「これからお話しすることは、私の妄想のようなもの……とお考え下さい。お叱りを覚悟で話します」
「申してみよ」
 王は手にしていた駒を手の中で転がしながら言った。
「これから後の事を考えました。現在のスイズを兄上が王として治めるとすると、私はいかがすればよろしいでしょう? 兄上を支えて内務大臣の地位にでも……と思いますが、私にも欲があります。出来れば自分の自由になる公領が欲しい……と考えました。ですが、現存する空の公領は小さなものばかり。さりとて他の者の領を召し上げるようなことはしたくありません。そこで、ルダ 国が、我がスイズのものになれば……と」
「ルダだと?」
 国王は一旦留めていた手を戻して、再び駒を持ち、それを盤の上に置きながら言った。 
「はい。ルダはその昔、現在の教皇庁管轄地を含むそこそこの大きさだったからこそ国としての形を保っていられたのです。国土の大半が砂漠に飲まれた後、そこを教皇庁管轄地として半分を召し上げられ現在のような小国になりました。このままでは、もうひとつの隣国であるダダスに自然吸収されるのも時間の問題なことは、父上もご存じのはず」
「うむ。確かに。経済的に窮しているルダに、援助を通してダダスは密接な関係にあるのは確かだ」
「そうなれば、ダダスの大きさと人口はスイズを上回ることになります。教皇庁の移行説も案外あっさりと決まってしまうかも知れませんよ」
 アジュライトは父が先ほど置いた駒の進行を塞ぐ位置に駒を置きながら言った。
「うむ」
 スイズ王は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。ダダスは、教皇庁を自らの国内に迎えたがっている。大陸の西端部寄りにあるよりは、中央部にあった方が他国からも参拝しやすいだろうというのがその主張であり、まずは別院という形で、教皇庁を設けてはどうかという案を強引に推し進めようとしている。
「ルダを我がスイズの配下に置く具体的な策略は?」
「いくら何でもすぐにとは参りません。まずは、リュミエールです」
 アジュライトはニヤリと微笑んだ。王の方はリュミエールがどう関係するのかと懸念している。
「教皇庁の音楽院ではリュミエールにはもう教えることはないと仰ったそうですね?」
「ああ。竪琴に関してはむしろ教師として迎えたいほどだと。リュミエールは勉学もよく出来るというから、来年はスイズ大学にと思っている。本人にもその事は伝えたのだが」
「リュミエールを、ルダの王立音楽院にやるのですよ」
 アジュライトの言葉に王は、ハッとした表情を見せた。大学ならば、西にスイズ、東にダダスの二つがあるように、音楽院もこの大陸に二つ存在していた。教皇庁管轄の音楽院とルダ国立音楽院と。ルダは元々この大陸でも古い歴史を持っている。竪琴の原型となる古楽器の発祥の地でもあった。 その音楽院の存在は教皇庁のものに負けず劣らずの評価があった。だが、いかんせん規模が小さく設備、その他も古いままで充実していないという噂があった。
「リュミエールが入るには些か……いや、設備などはこちらが申し出て整えさせて貰えば良いか……。ルダ国に恩を売るいい機会でもあるか……」
 王は呟く。それに気を良くしたアジュライトはさらに言った。
「それに、リュミエールが、ルダ音楽院にいれば、スイズからも使節と称してルダへの入国も安易になりましょう。道すがらルダについての情報を集めさせることも可能ですし、何かダダス側に不審な動きがあれば見つけやすいでしょうし。何より王子を留学させているのですから、これ以上の友好的な外交はありませんよ」
「スイズ王子が留学中のルダには、ダダスもうかつに手をだせまい……か」
「出してくれれば、むしろ好都合。大手を振って兵を挙げられますね」
 まるで馬の遠出に出向く計画を立てるようにアジュライトは軽くそう言った。
「お前……。まあ、良い。それくらいの策がなくては国は大きくならぬからな」
 王は、いったん驚いて目を見開いたものの、直ぐさま、元の表情になって言った。その手元では、五元盤の要となる位置に駒を置く。
「リュミエールをルダにやって、国の内情を探りつつ、ルダとの友好を深める。援助要請も申し出ましょう。その上で、スイズの配下に入ることを勧めます。相手が応じれば問題はないでしょうけれど、あちらも没落気味とはいえ、由緒ある王族がいますからあっさりとはいかないでしょう。けれど、我が国と兵を交えても勝てる見込みはないのですから、最終的には従わざるを獲ない方向にもっていくのは容易いはず」
「そうしてルダを我が領地とした後、王族の処遇はどうする?」
「教皇庁に願い出て、枢機官にでも仕立てあげればどうでしょう? 名誉ある職ですよ。もしくは、ルダ王都の一部を特別区にして保存してやればいい」
「……まあ、そう上手く事が運ぶとは思えんがな。ダダスが黙ってはいないだろう。ルダを巡ってダダスと戦争になる確率の方が高かろう」
「昨今のダダス政府の言動を思うと、遅かれ早かれ……という気がしませんか? 相手に先に動かれてからでは遅いとはお思いになりませんか?」
 アジュライトは、強い口調ではなく、あえて憂いを込めた声でそう言った。王は考え込んだまま返事をしない。
「申し訳ありません、父上。出過ぎた私の考えで、せっかくの五元盤に水を差してしまいました」
 すかさずそう言ったアジュライトを見て、王は微笑む。
「お前は本当にルダが欲しいのか? 本当に欲しいのはスイズではないのか?」
 と問うた。
“もちろんです”とは、アジュライトは答えない。だか“違います”とも答えない。ややあって彼は口を開いた。
「それは父上がお決めになること。長子が国王になると最初から決められている国もありますが、スイズは教皇様に習い、それに最長けた者が国王となります。それを見極め下さるのが父上です」
 アジュライトがそう言うと、スイズ国王は笑った。
「お前にしてはお茶を濁したような物言いをする。あえて答えてみよ。欲しいのはどっちだ?」
 “ここは、賭だ……な。はきはきとした物言いは自分の子どもの頃からの気質だ。それは隠してはこなかった。だが外見上は、王妃と兄を立てても来た。ここできっぱりと答えてよいものかどうか……”
 アジュライトが答えに窮しているのを見て、国王は微笑んだ。
「答えにくいか。ではこう言おう。もしも、ルダがスイズのものになったならば……アジュライト、お前を次期スイズ国王にしよう。国土を広げた褒美……として」
 アジュライトが最終的に言おうとしていた事の先手を打って、国王はそう言った。
“ふふん、やはりお見通しだったか……まあいい。これで私の進むべき道が照らされた”
 アジュライトは、俯いた。そして……。
「父上、申し訳ありません」と言った。
「謝ることはない。私にとっては、三人とも可愛い息子。誰が後継者となってもよい。実力のあるものがなればよい」
 国王の言葉にアジュライトは微笑む。
「いえ。申し訳ないと言ったのは、五元盤の方です」
「何ッ」
  二人の手元の小さな世界では、アジュライトの騎兵の駒が、スイズ国王の王子の駒を奪っていた。
「逃げ道は……ないか、投了だ。また腕をあげたな」
「ありがとうございます」
 アジュライトは礼を言い、今し方、奪い取った王子の駒を、無造作に盤の上に戻した。その駒の繊細な彫り物に、リュミエールの面影が映る。 
“あちらの駒は、早々にルダへ置くか……”
 アジュライトは、心の中で楽しそうに笑った。

■NEXT■

 読みましたメール  あしあと ◆ 聖地の森の11月 神鳥の瑕 ・第二部TOP