第三章 砂の城、虚像の楼閣

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 演奏会から数日後、スイズ城に戻ったリュミエールは、いつものように学務に勤しむ日々を送っていた。兄たちは、王族としての執務に忙しい。上の王子は、国務よりも外交的な付き合いに、中の王子は諸大臣と共に事務的仕事に従事している。
「この案件は、国王と上の王子様の承諾が必要かと存じますが? お二人ともただ今、お席を外されているご様子なので先にと思いまして」
 内務大臣が持参した書類を、中の王子は受け取ると、ザッと目を通した。
「上手くまとめてあるね。さすがだ。私も見習わないといけないなあ」
 王子の褒め言葉に、大臣は「恐れ入ります」と言って軽く頭を下げた。
「父上には、後で回しておく。兄上は……今日は、遠乗りに出掛けられて留守のはずだ……困ったな。お戻りは遅いし、明日も早くからどこかに招かれていらっしゃるはずだ」
 中の王子は、兄が常に不在であることを強調して言った。内務大臣には、上の王子が、社交的な見た目の派手な仕事ばかりを優先しているように思える。
「上の王子様は、なかなか執務室にはいらっしゃいませんな」
 表だってそれを非難するわけにはいかない内務大臣は、含んだ言い方をした。
「各公主との付き合いも大事な仕事だよ。兄上は人当たりがよろしくていらっしゃるからお任せしているのだ。それにいずれ国王になられるのだから、皆と懇意にしておかれる必要もあるだろう」
 中の王子は、心にも無いことを平然と口にする。内務大臣が感心したように頷くのを、心の中で嗤いながら。
「あまり根をお詰めになってはなりません。差し出がましいようですが、王子としてのお仕事は、もう少し分担してなさってはいかがかと……」
「ありがとう。兄上ともご相談してみるよ」
 中の王子はそう言うと、再び書類に目を落とした。それが合図のように、内務大臣は、「では失礼いたします。……アジュライト様」と一礼すると去っていった。その後ろ姿に、中の王子は、“ふ……お前の支持を受けられて嬉しいよ……”と思う。
 
 スイズでは、教皇に習って、長子が王になるとは限らない。従って王位継承権に順序はない。次代は頃合いの時期に王が指名するすることで為されるのだった。この事を密かに不満に思っていた王妃は、寵妃の子であるリュミエールが生まれてすぐに、上の王子、中の王子、末の王子と呼ばせることで、その立場をはっきりとさせようとした。表向きは、三人がそれぞれ兄弟であるとの自覚を持ち、兄を敬い、弟を可愛がるようにとの意味合いを込めて……ということにして。今、内務大臣は初めて中の王子の事を名前で呼んだ。それは暗に彼の存在を特別なものとして思っています……と意思表示したようなものだった。
 中の王子……アジュライトは、机の上にあった地図を引き寄せて開けた。そして、「なんとしても、ここが欲しいな……」と、呟く。彼の視線は、ルダ国に注がれている。スイズの隣にある教皇庁管轄の鉱山地帯を挟んで隣国にあたるルダ国……。
“もしも、ルダがスイズのものになったなら、教皇庁の管轄地である鉱山地帯も便宜上、自国の領土のように使えもしよう。それに何より……”
 中の王子は、自分が王となった時の事を考える。長子である上の王子を差し置いて王となるのだから、それなりの所に彼を収めなければならない。兄によほどの失態でもない限り、地方の公領を与える程度では済むまい。ルダ国をスイズ領にし、そこに上の王子を押しやることが出来たなら、広さ的に は申し分ないし、対外的にも面子は保たれるだろう。
“悪い考えではない。けれどもう少し煮詰めないと。それにリュミエールだ。アレをどう使うか……アレは、成長したら兄上より手強いかも知れないからな”

 アジュライトは再び、地図を見る。大国に挟まれた砂漠の小国ルダ、その王都の位置には、簡略化した竪琴の印が小さく付け加えられている。 それは、そこに音楽院があることを示している。
「ああ、そうか。この手があったか!」
 アジュライトは、思わず膝を打つ。
 
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