第二章 聖地、見えない星

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 その夜、クラヴィスは父の私室に呼ばれた。食事も終えた私的な時間であるにも拘わらず教皇は、まだ公式の法衣をきちんと身につけたままであり、その傍らにいるセレスタイトや皇妃までもが、同じように衣装を整えたままの姿で控えているのを見ると、クラヴィスは少し戸惑ったように、皆を見た後、所在なさげに椅子に腰掛けた。
「クラヴィス、教皇とは何か?」
 着座するや否やの教皇の問い掛け。それに戸惑いながらもクラヴィスは答えた。
「聖地からの特別な力を、その身に持つ者の事です。二千年の昔より、一族に受け継がれています」
 この大陸に住む者ならば誰でもが答えられる事である。
「では、クラヴィス。よく聞きなさい。お前が次代の教皇となるのだよ」
 教皇がそう言うと、セレスタイトと皇妃は黙って頷いた。
「え……?」
 次代はセレスタイト……と誰もが思っていた。クラヴィスさえも。
“何故?”と問うような眼差しを、クラヴィスは父と兄に返した。
「お前は、あの星を見えると言った。普通は誰にも見えぬはずの星を……幼い時から見えるとさえ言った」
「あの星が……聖地だった……?」
 クラヴィスの脳裏に実母の言った言葉が甦った。教皇はゆっくりと立ち上がった。
「来なさい、クラヴィス。その身に聖地から賜りし力を授かった者しか入れぬ部屋に案内しよう」
 その部屋は、大聖堂のさらに奥、閉ざされた扉の向こうにある。
「行っておいで、クラヴィス」
 セレスタイトが、優しい声で言った。クラヴィスは、居たたまれず俯いた。
“あの扉の向こうはどうなっているんだろう? 早く見たいものだ”
と、教皇がその扉の向こうに消える時、セレスタイトが呟くのを何度も聞いたことがあるからだった。 自分が見た事を兄に伝えられるならば、まだしも良かっただろうが、一切が口にしてはならぬしきたりである以上、それもままならない。
「クラヴィス。私の事は気にしないでいい。しっかり見ておいで」
 自分に遠慮しているのだと判ったセレスタイトは、クラヴィスの肩に手を置いて、立ち上がるよう促した。兄の気遣いと、皇妃の微妙な雰囲気を感じながら、クラヴィスは、ゆるゆると立ち上がった。
 教皇の後に続いて部屋を出る時、クラヴィスは振り返った。セレスタイトが窓辺に背を向けて立っていた。その向こうに夜空が広がっている。今夜もまたあの星が、聖地がクラヴィスには見えている。
“何故だ? あんなにはっきりと見えているものが、何故、兄には見えないのだ? 何故、誰よりも教皇に相応しい人にあの輝きが見えないのだ? 聖地は……、聖地は、ふぬけなのか!”
 クラヴィスは、心の中で叫びながら教皇の後を追った。

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