第二章 聖地、見えない星

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  セレスタイトの為の宴から、半月ほどが過ぎていた。夜半には、ようやく涼しげな風が吹くようになり、大きな行事を終えた後ということもあって、教皇庁では、穏やかな日々が過ぎていく……。
 成人したセレスタイトは、少しづつではあるが、枢機官に付いて外向的な執務にも携わるようになっていた。クラヴィスは来春、スイズ大学の予科に入るための準備に取りかかっていた。
 そんなある日、教皇の元にジェイド公がやって来た。教皇庁の枢機官の一人でもある彼だが、招集のない時はスイズ国内で、自領の為の執務をしている。その彼が突然やって来て、教皇に謁見を願い出る事は、皇妃の兄とはいえ異例であった。だが、皇妃から彼に、クラヴィスの伯父について調べて貰っていることを聞いている教皇は察しよく人払いをしてから、皇妃を伴って謁見の間に入った。
「ジェイド公、お待たせしました。ようやく気候も落ち着いてまいりましたな。さ、さ、どうぞ、お掛け下さい」
 穏やかに挨拶をし椅子を勧めた教皇を前に、ジェイドは一礼し、皇妃をチラリと見た後、着席した。
「実は、クラヴィスが、次代である事を妹より聞きまして。まだ身内だけの話……と言うので、僭越ながら、身辺整理をした方がよかろうと、クラヴィスの伯父の事を調べさせました」
 ジェイドがそう話を切り出すと、皇妃は、「その事は、前もって私から、教皇にお話致しました」と、言った。
「お心使い、礼を言いますぞ。いづれクラヴィスの身辺については調べねばと思っていたから、ジェイド公が手を回して下さって良かった。で、何か判りましたかな?」
「クラヴィスの伯父は、フング荒野あたりを拠点とする鉱山の山師になっておりました。ですが昨年、長年の酒浸りの生活が祟り、既に他界しておりました……」
「まあ、そうですの。でも……、これで安心致しましたわ。クラヴィスの先の事を考えると、そのような親戚筋はなかったほうが良かったのではと思いますもの」
 皇妃はホッとした様子を見せた。
「ですが、クラヴィスにとっては、そんな男でもたった一人の身内。辺境の無縁墓地のような所に埋葬されているようですので、一度きっちりと墓参に出向かせてはいかがでしょうか?」
「うむ……そうだな。思えば、クラヴィスは、実母の墓にも参ったことがないのだったな……。次代の教皇になるのがクラヴィスだと発表する前に、けじめとして墓参させるのにはちょうど良い」
「実母の墓はヘイアにありましたね。東の果てフング荒野から南下してヘイアへ……。少し長旅でしょうけれど。見聞を広める為にも良い機会かも知れませんね。けれど、教皇の子が、そんな辺境に何用かと思われはしませんか? 世間的には、あの子は……ヘイア国とは無縁の寵妃の子……」
 言いにくそうに皇妃は、チラリと教皇を見て言った。すかさずジェイドが話に割って入る。
「表向きは、スイズ大学予科入学の為に、私の館で学業に専念している……ということにしてはいかがでしょう。そうすれば、教皇庁内から姿が見えなくても不自然ではないでしょう。そして、身分を偽ってお忍びで出掛けさせてはいかがでしょう?」
 ジェイド公がそう言うと、教皇は頷いた。
「クラヴィスには、次期教皇の件は来春、予科に入った後にでも話そうかと思っていたが、セレスタイトも、隠し事をしているようで落ち着かぬと言うしな。墓参の件も含めて、今宵にでも話してみよう。突然の事で驚くだろうが、こうなった以上、 クラヴィスにもそろそろ自覚を持ってもらわねばならぬ。それで、よいか?」
 教皇は、皇妃にも了解を求めた。彼女が黙って頷くと、教皇は「いろいろとお骨折り頂き、ありがとうございましたな」と、ジェイドに礼を述べた。
「いえ、身内であると同時に、私も枢機官の一人としてお力になれればと思ったまでです。では、クラヴィスの件は、旅の手配など一切をお任せ頂き、準備が整い次第、すぐに連絡致します 」
 ジェイド公は微笑みを絶やさず、皇妃と教皇に挨拶をすると、立ち上がった。謁見の間の扉を閉める時、彼の理知的なその微笑みが豹変し、一瞬、口端が引きつるように上がったことに、教皇も皇妃も気づくことはなく、彼の後ろ姿を見送った。
 
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