第八章 10

  
 オスカーが、クゥアンに戻り、数十日が過ぎた。朝晩の冷え込みもなくなり、気候は一日を通して穏やかになった。インファの木の蕾が膨らみ出す。後一月ほど後には、白い小さな五弁花が咲き始め、クゥアンの暦は初夏を印す。そして、中央平原には、ラジェカルの群れが戻ってきた。
 ラジェカルは、秋から冬にかけて出産し、冬場は風を避けた岩場や木陰の巣に籠もり、木の実や根菜の類を子に与えながら子育てをする。暖かくなって活動をし始める頃には、子は小さいながらも肉を引き裂くに充分な牙を持っているようになる。雌たちは子らを引き連れた群れとなるが、雄たちは 、日中は単独で移動し、獲物を狩る。
 その雄を、騎士候補たちが追う。その中には、ヤンとオリヴィエの姿があった。皆、自分の一番得意とするやり方で、ラジェカルを追う。ヤンは細身の剣を持ち、オリヴィエは弓を背負っている。それぞれの騎士候補には、別の騎士が付き添っており、ラジェカルを狩ることよりも、馬の扱いや、狩りの際の判断力を見ている。
 ヤンもオリヴィエも、制限時間内で一頭のラジェカルを仕留めて、狩りを終えた。
 翌日、クゥアン城内の広場で、騎士候補生たちは、ジュリアスやオスカー、ツ・クゥアン王、元老院、ラオたちの前にして剣舞を行っていた。ヤンが出てくると、「随分と若い。最年少だな。あれがラオ殿の孫か?」と元老院の一人が言った。ラオは頷く。ヤンの体つきは 、まだ少年のそれで、上背はそれほど低くはないが、肩や腰は、まだまだ細い。その体の軽さが、剣舞をする上での弱点だろう……と誰もが思っていた。どんなに早く器用に剣を扱っても、軽業師のようでは認められない。ヤン自身もその事は知っている。だからあえて、重く太い刃の剣を選んでいた。ヤンの細身の体と不釣り合いな剣を、高く掲げた後、ヤンは一同に向かって礼をし、剣舞を始めた。ゆっくりと基本の形を繰り返し、形を決めていくヤンに、ラオは 満足気に頷く。
「しかし、あの体で、あの剣を旋回するのは難しかろう?」
 と元老院の誰かが呟いた。実際、オスカーほどの体躯と腕力があってこそ扱えるほどの剣であった。しかし、ヤンは基本の型を正確に決めて一巡目を終えた。二巡目に入って、剣の旋回になってもそれは変わらない。ややゆったりした旋回で、ヤンの体の軽さを押さえた動きになっている。可もなく不可もなく……ただ正確なだけ、といった雰囲気を保ちつつ三巡目に入ったヤンは、それに跳躍を加える。ジュリアスが思わず 「ほう……、あの剣を持ってあそこまで跳べるのか」と声を上げた。「高いですね」とオスカーは相づちを打った。野を駆けていく動物のような脚力で、ヤンは剣舞を続ける。重い剣を しっかりと制しながら、誰よりも高く垂直に跳ぶ。そこから振り下ろされた剣の刃音が、びゅんと風を引き裂く迫力に、皆は圧倒された。ラオだけが、『どうじゃ! さすがに儂の孫じゃろう?』と得意気な顔をしていた。
 ヤンの剣舞が終わった後、一旦、試験は休憩に入った。元老院の者が、オリヴィエに、冷えた井戸水を持って勧めた。
「ありがとう。緊張して喉が渇いていたところ」
 オリヴィエは礼を言い、受け取った。
「いよいよ次はオリヴィエ様の番ですな。途中で何度も剣を落とすなどよほどの事がない限り、オリヴィエ様ならば、大丈夫ですよ。」
 その者は、微笑んで言った。その物言いにオリヴィエは引っかかった。大きな声で言われたなら、単なる励ましで済んだだろう。オリヴィエ様ならば大丈夫ですよ……の部分だけ小声で言われては、結果がどうであれ、オリヴィエが騎士の称号を得ることは最初から決まっているから……と言わんばかりである。オリヴィエは、無言で水を飲み干すと、空いた杯を彼に返し て立ち上がり、その足で、ジュリアスの座っている所へと行った。
「ジュリアス、ちょっと」
「なんだ?」
「騎士として認めるか認めないかの最終決定権は、貴方にあるんだよね?」
「ああ。正確には、私と伯父上だ」
「もしワタシが騎士として相応しくない剣舞をしたなら、誰が何と言おうと落としてくれるね?」
「当然だ。一度でも剣を落とすような事があれば、その場で失格だ」
 ジュリアスがそう言い切ると、オリヴィエはホッとした様子で頷いた。
「オリヴィエ。そなたはそなたらしく舞えばいい。旋回や跳躍など無理をしてせずとも、気迫を持って挑めばいいのだ。あの時……リュホウに振りかざした私の剣を、止めた時のようにその視線だけで、圧倒すればいい」
 それを聞いたオリヴィエは、少し照れくさそうに笑った。
「んもう、ジュリアスってば、大好き」
 いつもの調子に戻ったオリヴィエは、そう言うと、手を振りながらその場を離れた。しばらくの後、剣舞は再開され、オリヴィエが、最後の演技者となった。
「構え!」の、かけ声と共にオリヴィエの剣が、スッと動いた。オスカーやジュリアス、ヤンのように生まれ持って資質を持ち合わせた上、幼い頃から鍛錬していた訳でもないオリヴィエは、見ている者に誇示できるほどの跳躍も旋回も出来ない。
“だからこそ、ひとつひとつの型をしっかりと決めて行くしかない……”
 オリヴィエは、第一騎士団の者たちや、オスカーに教わった通り、正しい剣の扱いで一巡目の舞いを終えた。
“悪くない……いや、むしろ、あそこまで教本のように出来るとは……”
 と元老院の者たちは思っていた。何も抜きんでるものがないが故に、慣れや癖に染まることがなく、全ての面に於いて均衡のとれた美しい動きに、皆は納得させられていた。二巡目に入り、無表情だったオリヴィエの顔が変わった。視線を常に剣の切っ先に定めたまま、一巡目よりは力強く剣を振る。跳躍や旋回が最低限になっていることで、よりオリヴィエの表情が見ている者に伝わってくる。
「なんと強い視線じゃ」と呟いたラオの横で、先ほどの元老院の者が「頭から肩、そして剣の先に続く線の美しいこと……」と思わず声を漏らした。
「俺たちが絶対に持っていないもの……気品をお持ちだからなあ……」見物に来ていた第一騎士団の騎士の一人がそう言って溜息をついた。
 オリヴィエは剣舞を終え一礼をすると、他の騎士候補たちと共にその場を離れた。審査にあたっていた者たちも室内に移り、騎士候補たちの査定が始まった。ヤンもオリヴィエも騎士の称号については、満場一致で与えられる事が早々に決定し、その階級だけが問題となっていた。ヤンについては、実力は銀にも匹敵するがまだ歳若く、ラオの希望もあって、一番下の青の称号と決まり、オリヴィエは、身分と年齢、それに技量から見て銀と決まった。
 晴れて騎士の称号を得たオリヴィエは、モンメイの兄リュホウへ 報告の文を書いた。西へ行く……、それが現実となって、すぐ間近に迫っていることを記すと、険しい山々の連なる麓にある故郷が、無性に懐かしくなるオリヴィエだった。

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