第八章 9

  
 第一騎士団の兵舎を後にした三人は、主塔にと向かった。
「ジュリアス様、先にツ・クゥアン王にご挨拶に伺いたいのですが……」
 オスカーは、ジュリアスの私室へと続く階段の前でそう言った。
「そうか……。私も同行した方がよいか?」
「いえ。それには及びません」
 オスカーはきっぱりとそう言った。
「では、上で待っている」
 ジュリアスとオリヴィエが階段を上がって行くのとは反対に、オスカーは、執務室のある方向へと向かった。謁見の間を通り過ぎ、ツ・クゥアン王の執務室へ……。
 扉の前でオスカーは深呼吸をした。そして、小さく扉を二度叩いた。
「入れ」
 と声がしたが、それはツ・クゥアン王の声ではなかった。
“誰かと一緒なのか……。まずいな……”
 自分が内乱に巻き込まれ大怪我をしたことは、もう誰もが知ることだろうが、事件の真の部分を知るものは少ない……、オスカーはそう思いつつ扉を開けた。何も見ずに彼は、まず頭を垂れて、「ホゥヤンより只今、戻りました」と告げた。はっ……と息を飲むような緊張感が部屋に走った。
「オスカー……殿。よ、よくぞ、戻られた」
 やや上擦ったツ・クゥアン王の声がし、立ち上がり、近づいてくる足音がする。彼の文官らしい男が、さっと身を下げた。オスカーは、それを感じ取ると、ゆっくりと頭を上げた。
“少し……お痩せになったな……白髪が随分、増えてらっしゃる”
 オスカーはそう思った。ツ・クゥアン王は、オスカーの前まで行くと、目をきつく閉じ、深く頭を下げた。
「どんなに言葉を尽くしても詫びきれないが、どうか……どうか」
 声を詰まらせて、ツ・クゥアン王は言った。あまりにも率直に謝られて、オスカーは、彼の背後にいて、頭を下げたままの文官の存在を気にしながら、「いえ、もう何も仰らないでください」と小声で言った。
 ようやく顔を上げたツ・クゥアン王は、側にいた文官に「お前はもう下がっていてよい」と言った。
「は……」
 と、文官は俯いたまま短く答え、出て行こうとした。少し足を引きづっている。オスカーは、すれ違い様、その文官から発せられる憎悪を感じた。扉が閉まると、オスカーは「彼は……もしや?」と問うた。
「思い出されましたか? 私は彼を駐屯地に使わせて、王からの伝令と偽り、そなたをホゥヤンに向かわせた……。この一件、彼は何もかも承知している。荷担していたと言ってもよい。近々、北の領地に行かせることなったが、彼も命があるだけでも有り難いと思わねば……」
「そうでしたか……」
 オスカーが答えると、二人の間に沈黙が流れ、気まずい空気が流れた。
「ツ・クゥアン王、父ロウフォンより、幾つかのご指示を仰ぎたい案件を持参しております。後日、改めましてお時間を頂きたく存知ます」
 オスカーは、そういい、なんとかその場を収めた。
「承知しました」
「それでは、失礼致します。どうか……気持ちに負担をお持ちになりませんよう」
 オスカーが、そういうとツ・クゥアン王は、再び頭を下げた。そして、「ジュリアスには、もう逢われたのか?」と言った。
 “おや?”とオスカーは思う。彼が、ジュリアスと呼び捨てにしたのを初めて聞いたからだった。ごく自然に、身内の者を呼ぶように、さらり……と。オスカーと呼び捨てにされていた自分が敬称をつけて呼ばれ、 皇帝のジュリアスが呼び捨てにされている、意識を失っていた間の時の長さや彼の葛藤を、そんな所にも感じたオスカーだった。
「ジュリアス様とオリヴィエ様には、先ほど、第一騎士団の兵舎で偶然、お逢いしました。この後、食事に招かれています」
「今宵は西へ行かれる話が弾むことでしょうな」
「はい」
 オスカーの口元に、自然と笑みが浮かぶ。
「では、ごゆるりと」
 ツ・クゥアン王の言葉に、オスカーは頭を下げ執務室を後にした。
 “彼が生きていてくれて本当に良かった……” 去っていくオスカーの後ろ姿に、ツ・クゥアン王はしみじみとそう思った。そして、彼を疎み、あまつさえ亡き者にしようとした自分を心から恥じたのだった。

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