第八章 4

  
  ヤンがクゥアンに戻って七日が過ぎた。学業の他に騎士見習いとしての雑務に追われる彼の元に、ホゥヤンからコツの便りが届く。ヤンはそれを持ってオリヴィエの所に出向いた。
「クゥアンにいる騎士長からコツが届きました。第一騎士団は、順次、帰路についているそうです」
「ああ、別の部隊が向こうに着いたんだね。早く、皆、戻ってくるといいね」
「オスカー様のことも書いてありました。随分、意識がはっきりしてらしたようですよ!」
「うん、何よりだね。ジュリアスにも後で知らせておくよ。ところでラオの具合はどうなんだい?」
 見舞いに行くと申し出たオリヴィエに、病床のラオは頑としてこれを拒んだ。風邪をお移しするようなことがあるかもしれないから、と。
「あ……それが……」
「ラオには無理をさせてしまったからね……」
 申し訳なさそうにそう言うオリヴィエの言葉に、ヤンはクスクスと笑う。
「爺ちゃんなら大丈夫です。俺が戻った時は、『儂はもうダメじゃ。後を頼んだぞ……』なんて言ってたくせに、西に行く話をしたら、『こうしちゃぁ、おれん』って。まだヨロヨロしてますけど。とりあえず日中は寝込むこともなく、ロウフォン様とホゥヤンの政について話し合ったり、五元盤を打ったりしてますよ」
「こうしちゃ、おれん……ってまさかラオってば西に一緒に行くつもり?」
 オリヴィエは呆れた顔をして聞き返した。
「そうみたいです。足手まといだからやめな……って言ったんだけど、聞かない。それどころか、お前はこの家の跡取りだから残れって言うんだ。横暴だと思いませんか?」
「なんだ、ラオの心配して損しちゃった。でも……西に行こうと思って元気になったんなら、行くなとは言えないね。ここはヤンが引いてやりなよ、ね」
 オリヴィエはそう言ってヤンを慰めた。
「嫌ですっ。俺も行くんですっ」
 口を尖らせて言うヤンの姿にオリヴィエは苦笑した。オリヴィエがヤンを宥めながら笑っていると、そこにオリヴィエ付きの文官が現れた。
「モンメイのリュホウ様からコツにて文が届きました」
 文官は、モンメイ王家の印の入った指の先ほどの小さな銀の入れ物をオリヴィエの前に置いた。
「来た、来た。これを待ってたんだよ」
 ヤンが側にいるのにも構わず、オリヴィエはいそいそとその容器の蓋を外す。折り畳まれた小さな紙片を開けると「兄様ったら……」と小さく笑った。
「あの……どうかされたんですか?」
 ヤンは少し心配そうに尋ねた。
「うん。ちょっと承諾して欲しいことがあってね。文を送ったんだ。その返事がこれなんだけど、たった一言、『了解した』としか書いてないんだよ。もう少し何か書けばいいのに」
「早くお返事を届かせようとしたんじゃないですか? コツに持たせるには軽いほどいいから。モンメイからだと中継地を幾つも通るし」
「そうだね。お陰で間に合ったよ」
 オリヴィエはニヤリと笑う。
「何に間に合ったんですか? 明後日の謁見と何か関係あるんですか? ロウフォン様が仰ってました。近隣の領主を集めて謁見を行うって。ホゥヤンの新しい領主にロウフォン様がなられる事を発表するんでしょう?」
「そうだよ。それにもうひとつ……」
 オリヴィエは小声でそう言った。
「ああ、それって、ツ・クゥアン卿が王になるっていう……」
「なんだ、知ってたのかい。ロウフォンに聞いたんだね」
「ロウフォン様、俺が動揺すると思って最初は、お隠しになってたんですけど、爺ちゃんと話してるのが聞こえちゃって。とても驚きました。けれどロウフォン様は、俺にもジュリアス様のお気持ちがよく判るようにご説明くださったんです。でも、大丈夫でしょうか? そんな事を発表されて他の領主の方々や元老院の方々、納得するんでしょうか?」
「けれど、元老院はツ・クゥアン卿が絡んでいた事は知らないしね。それさえなければ、連中にとってもツ・クゥアン卿が王になった方が都合のいい部分もあるし 、西へ行くジュリアスの代わりは、ツ・クゥアン卿しかいないから、話はついてるよ。各領主は驚くだろうけどね。まあ、兄様から得た了解は、もしも連中が納得せずに騒ぎ出した時の 為に必要なことなのさ。それよりは、むしろツ・クゥアン卿とジュリアスのためって気もするけどね……」
 最後の部分を呟くようにオリヴィエが言った。小首を傾げたヤンに、オリヴィエは、「まあ、ワタシに任せておいて」と意味ありげに言った。
 
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