第七章 9

  
 オリヴィエが、第一騎士団の兵舎に入ってくると、それまで雑談していた声がピタリと止まった。今朝方、騎士長を言い渡した者が、指示を仰ごうと立ち上がった。
「さてと……何から話そっか……」
 オリヴィエは、わざと砕けた言い方をして一同を見渡した。誰一人、それに乗って来る者はいない。オリヴィエは「ふう……」と溜息をついた後、気を引き締めた。
「これより、皆には、ホゥヤンに行って貰う。目的は……ホゥヤン領主の拘束」
 オリヴィエがそういうと騎士たちは無言ながらも互いに顔を見合わせた。
「去年の年末……ホゥヤンで内乱が起きた。場所は、領都にある泉の館」
 オリヴィエがそういうと何人かの騎士が思わずどよめいた。
「泉の館……って、それは!」
「そう……。泉の館の主は、オスカーの父上のロウフォン……」
 オリヴィエは一件を大まかに説明した。もちろん事件にツ・クゥアン卿が関与していることは避けて。静かに聞いていた騎士たちだが、オスカーの事に触れると、皆、一斉に声をあげた。
「落ち着いて。ここで騒いでもどうなるものじゃないだろう。騎士長、ここへ」
 オリヴィエは、騎士長を自分の元に呼び寄せると、ジュリアスの手による勅命が書かれた文書を手渡した。
「頼んだよ。あちらの出方によっては、すぐに引き返すように。抵抗した場合、交戦になるかもしれないけれど、こちらは三十騎足らずで行くんだから無理はしないで」
「承知しました」
「見張り塔から見送らせて貰うよ。本当はワタシだって第一騎士団の人間、一緒に行きたいんだけど、ホゥヤンとクゥアンの領内の事に、ワタシが出て面倒な事になると厄介だからね」
「おまかせ下さいっ。よし、皆、兵舎前の広場に出ろ」
 騎士長の声に一斉に立ち上がった騎士たちと供に、オリヴィエも外に出、一足先に城門へと向かった。ややあって、騎士団が準備を万端整えてやって来た。クゥアン城の門が大きく開かれる。跳ね橋が下がりきる間、馬たちはそこで足踏みをする。どっどっ……という地響きが、見張り塔の最上階にいるオリヴィエにまで聞こえてくる。第一騎士団の者たちは、二列隊列を作り進んでいく。橋を渡り終えると一同は、一斉に方向を変え、見張り塔の上にいるオリヴィエに向かって最敬礼した。オリヴィエが手を挙げて頷くと、彼らはまた方向を元に戻した。
「ホゥヤンへ!」
「おう!」
 騎士長が号令をかけると、それに皆が返礼した。赤い長衣を纏った一行が、城下へ続く道を駆けてゆく。事態が終結に向かっている……ホッとしながらも、オスカーも、ラオも、ヤンもいないことにオリヴィエは寂寞たる思いで、彼らを見送っ ていた。

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